9.ファーストデイ・ファーストエンカウント〈4〉
縄を受け取ってからの白無の手際も、それはそれは見事なものであった。
気絶している推定殺し屋を、起こさずに、かつ素早く、見事な厳重さで縛り上げた。
縛り終えてからしばらく経っても、そいつはまだ気絶中だ。目覚めない相手を見て、気絶させた張本人の詩星は、うーんと首を傾げる。
「強く手刀しすぎたかなあ?」
「念を入れるに越したことはないからな。……これでいい」
寧ろそれで良いと言うように、蒼伊は告げた。
「だよね、よかったあっ」
それで詩星は安心したのか、にっこりとした笑みを浮かべた。
そんなふうに、暇を埋めるように話している最中。そこで、縄の先にある手足が、ピクリと動き出す。
「う……ううん……」
次いで聞こえるのは、縛られた彼女の口から出ている、小さな呻き声。
──起きる。と、千夏でさえもわかった。
予想通り、彼女はパチリと目を開けた。そして、その目で辺りを見回した。自分を縛る縄に気がついたところで、やっと状況を掴めたようだった。
寝っ転がっていた彼女は、縛られたままながら、勢いよく起き上がった。慣れた身のこなしで、バッと立ち上がった。足も縛られているせいで歩けはしなかったが、それでも立てるあたり、流石は殺し屋、ということなのだろうか。
一歩も動けない彼女は、やはり、詩星を中心にして睨んできていた。口にガムテープなど貼っていないのに、一言も発する気がないようだ。
「さあ、情報を吐くがいい〜っ!」
マイペースなハイテンションで、詩星は言う。わざとらしい口調で、相手に情報を要求する。
情報と言っても、ただ単に話し合いを求めているだけなのだが、詩星の言い方は悪かった。よって、相手は多分勘違いをした。
「拷問でもなんでも……するなら好きにすればいい」
自害も辞さないというような、鬼気迫った表情で、彼女は呟いた。
しかし、自害されるという結果は、ここにいる誰もが本意ではない。だから、それを思いっきり否定するように、詩星はブンブンと首を振る。
「違う違うっ、拷問じゃなくて話し合いっ! だから、舌を噛んで自害とか、自分自身が痛いのはやめてねっ!」
「──!」
詩星の言葉に、相手は目を見開いた。予想外過ぎた故だろう、鬼気迫った表情は、ポカンとしたモノになっていた。
けれど、すぐに彼女の表情は、険しいモノに戻っていく。
「……お前らは、何がしたい」
そして、鋭い視線で、詩星に問うた。
詩星は少し考えもするが、明るい様子でそれに答える。
「何って聞かれると迷うけど……『殺されない、殺させない』ってのを、実行してるんじゃないかなっ? ね、白無っ?」
白無に同意を求めてみれば、彼女はコクリと頷いた。つまりは、詩星に同意した。
次いで白無は、縛られたまま立っている相手を、数センチ下方からジッと見上げる。
「……その通り。だから貴方のことも、私は絶対に殺しはしない」
少しの迷いもなく、白無は宣言した。そこに、断言するような意識はなかった。けれども迷いのないその声は、確かに本心なのだと思わせる。そんな響きの声だった。
それに対する、相手の反応は──
「──馬鹿にしているのか?」
そういう、怒りであった。
最初と同じくらいの殺気を取り戻して、主張を告げる。
「私は殺し屋。殺し殺されの、殺し屋だ。馴れ合うくらいなら、ここで殺せ……!」
彼女はまたしても、自害も辞さない様子であった。殺さないのなら自分で死ぬ、そういうような覚悟が見えた。
それに対して、白無も主張を告げる。
「なら……私は生かし屋。生かし生かされの、生かし屋。殺すくらいなら、ここで馴れ合おうと思う」
殺気を放つ相手を、ただただジッと見返して、白無は言った。相手の考えと尽く相反する、正反対の主張だった。だからお互いに、受け入れるはずもないことだった。
「生かし屋──デスキラーっ!」
縛られていなければ、白無に攻撃していただろう。そう確信するくらいの剣幕で、彼女は叫んだ。千夏はその叫びに、気を取られていた。
──だから、千夏は気が付かなかった。
「──伏せてっ!」
詩星が、真剣な声を張り上げた。いつの間にか、白無は千夏の側にいた。千夏はやっと気がついて、それでももう遅かった。
ドカアアアアアアアアアン! と、爆音がした。千夏が気がついたのとほぼ同時に、窓側の方で大きく響いた。
「──っ!」
その爆風で、千夏は目を伏せた。けれども怪我は、全くなかった。
爆風が止んで、千夏は状況を把握する。壊れかけだけど大きなソファとテーブルが、纏めて盾になっていたのだ。それらを一瞬で移動させたのは、爆発からの盾にしたのは、恐らくは詩星のPSIなのだろう。ソファもテーブルもさらにボロボロだが、良い役目を果たしてくれた。
爆発の起点は、窓の外だった。千夏がそれに気がついてすぐに、同じく窓の外から声がした。
「あらあ? まさか、深綠も死んでいないの? 折角、死んでも良いって言ってるんだから、殺せば良いと思うのだけど?」
──堂々としていて、かつ甲高い声だった。それと同時に、声の主も姿を現した。
真っ赤なロングヘアに、燃えるような瞳をしている、全体的に赤い印象の女性。加えてかなりの長身である。シックなワンピースを着ており、外見は二十歳に届かないくらいだろうか。
どう考えても爆破の犯人である彼女を、全員が警戒した。
「貴方の方が──殺し屋殺し?」
千夏を守る体勢のまま、白無が問う。
──それならば、私のPSIで無効化できるのでは?
千夏はそう思い立ったが、この状況ではまだ、実行に移すのは危険過ぎた。無謀を冒す気は、今はなかった。
「失礼ね。そんなセンス皆無な名前、名乗った覚えはないわ」
推定殺し屋殺しは、否定の台詞を返してくる。しかしその口ぶりは、名前そのものを否定しているだけ。殺し屋殺しの行為自体は否定していないと、そう感じるものだった。
続けてソイツは、怪しく笑う。
「私の名前はシャーロット。シャーロット・スカーレットっていう、母様と父様から貰った、とーっても素敵な本名があるのよ?」
そしてソイツは、本名を言うような口ぶりで、シャーロットと名乗った。そのシャーロットという者は、勢いよく両手を繰り出した。
その先には──先ほど深綠と呼ばれていた、縛られたままの女性がいた。シャーロットの標的は、深綠であった。
それに対しては、詩星が動いた。瞬間的に移動したように、シャーロットと深綠の間に割り込んだ。
シャーロットは顰めっ面をして、攻撃途中で急停止する。怯んだわけでもなく、ただ自然にそう動いた。
「殺したいんだけれど? 邪魔しないでくれる?」
不機嫌そうな顔のまま、シャーロットは要求する。けれどもそれに対する詩星は、少しも引くことはなかった。
「残念だけど俺は殺させたくないっ。だから、邪魔をしまくるよっ!」
「なら、動けないくらいにはしてあげる!」
お互いに主張を交わし合えば、シャーロットは攻撃を再開する。今度は詩星を標的に変えて、片手を振り上げた。
その手から発されるのは、比較的威力を落とした爆破。けれど、相手への危害を目的とした爆破だ。
「それいっ!」
対する詩星は、それに真っ向から迎え撃つ。PSIによる瞬間的な行動で、今度は椅子を盾にした。この威力の爆破なら、椅子が壊れる程度で済んだ。
二人が戦いを続けている間に、有栖はその横で動き出す。縛られたままの深綠を、ヒョイっと抱え上げる。
「──っな──」
「シーッ」
有栖は小声でそう言って、深綠の口を押さえる。そうして無理矢理に黙らせると、遠方へ避難をしようとする。
が、その密かなゴタゴタは、すぐさまシャーロットに気づかれた。彼女は意気揚々と、有栖たちを見やった。
「そこの殺し屋二人──纏めて死にたいってことでいいのかしらっ!?」
続けて叫びながら、今度は有栖たちに手のひらを向ける。前方へと扇形の爆破を放つような、そういう構えだった。
有栖は、二人で逃げようとした。なのに深綠は、大人しく抱えられてはいなかった。いや、それどころか──自ら爆破起点に身を投げ出した。
「お前、何やって──っ!」
有栖は引き止めるように手を伸ばし、けれどその動きは間に合わない。
覚悟のようなモノ以前の、深緑綠の生き方故の、『今の状況ではそれしかない』とでも言うような、自ら選んでの特攻だった。
「……っ」
千夏は、息を呑んだ。当人からすれば正解なのだろうが、こちらからすれば蹴飛ばしたくなるような主張だった。
だから彼女は、特攻の先にあるのだろう未来を、蹴飛ばしたかった。よって、思い立ったら即行動、思わず足を動かしていた。
目の前、白無の横を通り抜けて、スライディングのように滑り込み、シャーロットの足に触れる。全く予想されていなかったからこそ、千夏にでも出来た芸当だった。
「待ったあっ!」
彼女は大きく叫んで、そして念じてもいた。
手のひらからの爆破は、いつまで経っても発生しなかった。千夏のPSIにより、シャーロットのPSIは無効化されていた。
「あら?」
シャーロットは、千夏を見下ろす。何が起きたのか、よくわかっていないのだろう。けれどもただただ邪魔だからと、千夏を足で蹴飛ばした。
「──っがぁ!」
千夏は、それはそれは思いっきり蹴飛ばされた。殺す気の一歩手前のキックで、壁に向かって、勢いよく吹っ飛んでいった。
──あ。
意識が途絶えていくようだと、痛みとともにそう悟った。
蹴りの痛みと、壁にあたる痛み。両方の痛みを、ほぼ同時に感じていた。
「──千夏っ!」
必死な声が、聞こえる。
その声は、叫びは、一体誰のものなのだろうか。
薄れゆく意識の中では、何も考えられやしなかった。
そしてそのまま──月崎千夏の意識は途絶えた。




