8.ファーストデイ・ファーストエンカウント〈3〉
そうしてやがて、話し合いはスムーズに進んでいった。時計の針は既に、昼過ぎを指していた。
詩星はどーんと胸を張って、色々と乗り気なようである。
「よしっ! そーいう話ならバリバリ護衛もするし、いっそのこと『殺し屋殺し』を捕まえてみせるよっ」
「……大言壮語を吐くんじゃない」
片や蒼伊は冷ややかに、呆れたように呟いてみせる。それに対し、詩星が堪える様子はない。
「いいじゃんかっ。吐いてこうよ、大言壮語っ!」
「はあ……まあ、実力は信用しているが」
蒼伊はため息を携えて、けれども詩星を評価はしていた。ただツッコミをしているだけなのだろうと、そういう会話だった。
次に蒼伊は、切り替えるように有栖を見る。
「有栖はこれから、どう動くつもりだ?」
「そろそろ、この家からはお暇するさ。が、そこからは……あんまり決めてないな。仕事も、今のところは特にないし」
有栖は肩をすくめながら、その無計画さを自嘲した。
「まあ、私に自分の家はないし……しばらく適当に隠れて──」
彼女は続けて、一応の予定を言いかけて。
──その次に、起こったことは。
「──!?」
──ドカアアアアアアアアアン! と、爆音がした。この辺りに、凄い音で響いた。正確に言えば、上の方から聞こえてきた。
千夏は思わず耳を抑えかけ、そのまま強張って固まってしまう。
平静な話し合いに割り込んでくる、攻撃の音だった。
「──一階のリビング辺りだね。行くよっ!」
そこで詩星は、真っ先に声を張り上げた。──そして次の瞬間、彼は地下室から消えていた。忽然と、姿を消した。
その光景に、有栖と千夏は驚きをみせる。これも爆音と関連する事件の一種かと、そう思いもした。
けれど、蒼伊と白無は平然としていて、詩星に続くように階段へ向かう。
「今のはアイツのPSIだ。それによって一階に向かった。気にせず進め……!」
「そうか、なるほどな……!」
蒼伊の説明を受けて、次に有栖は動き出した。
一方、白無はいつの間にか、千夏の近くへ戻ってきている。
「離れる方が危険だし……貴方もついてきた方が良い」
「……わかったっ!」
千夏は息を呑み込み、決意を込めて頷いた。そして白無に引かれるように、上の階へと向かって行った。
──ドカアアアン! 先ほどよりは小さめに、二発目が聞こえる。
──ドカアアアン! しばらくした後、三発目も聞こえる。
どうやら爆音は、不定期だが止まずに聞こえてくるようだ。
しかし、今は進むしかあるまい。足は止めず、階段を上っていくだけだ。
▽
十分に警戒をした上で、四人は一階へと突入した。
当然のように、リビングは滅茶苦茶になっていた。窓も、派手に割れていた。爆音の通りに、爆発でも起こったような有り様だった。
そんな中に、詩星はちゃんといた。窓側からソファの残骸を盾にするように、彼は臨戦体勢であった。
彼は四人を見留めると、大きく叫ぶ。
「気をつけてっ。どっかから爆弾でも投げて来てるっぽい!」
「爆弾──って、まさか『殺し屋殺し』っ……!?」
ハッとして、千夏は思わずそうこぼした。爆音、爆破、爆弾──直近で聞き覚えがあるそういった話は、その殺し屋殺しについてだけだった。『爆破のPSIを使った戦法なのかも』と、そういう推測を話していた。
「これは物理的な爆弾っぽいけど、その可能性もあるかもっ!」
窓際と有栖の間に移動し、詩星は答える。彼女を護衛対象と認めて護るように、彼は動いた。
詩星の推測を耳に入れ、千夏は思う。
──物理的な爆弾。PSIによるものではない爆破。──だとすれば、自身で打ち消すことは決してできない、と。
千夏の前には、護衛をするように白無がいる。けれどこのリビングの有り様を見るに、それで護るのは難しいだろうとも思う。どうやら投げ込まれて来た爆弾は、かなりの広範囲を爆破してくる、火力高めの武器のようなのだから。
──そうして何発か目が、此処らを襲って来た。
そこで動いたのは、蒼伊だった。
ドカアアアン! と一回、響く爆音。それの少し前に、彼は拳銃を取り出し、爆発に向かって撃ち放っていた。
拳銃から放たれたのは、決して銃弾では、爆発を誘発するものではなかった。──広範囲かつキンと冷え込むような、膨大な冷気だった。
蒼伊のPSIによるモノなのだろう。その冷気は、見事に爆破範囲を包んでいった。
結果は、熱気と冷気の、見事なまでの打ち消し合い。一先ずの護りとしては、十分すぎる結果であった。
誰も傷がないことにホッとして、千夏は次の爆発に注意を向ける。そこで、辺りを見回して気がつく。
いつの間にか、またもや詩星が消えていたのだ。
「っへ? 詩星は……!?」
今度こそ何かあったのかと、千夏は前と同じく驚いてしまう。
が、これまた蒼伊が続き、補足の声を張り上げる。
「問題ない。またアイツのPSIだ!」
「それ……どーいうPSIなわけっ!?」
千夏の疑問に、答える者はいない。教えないなどというわけではなく、その暇がなかったのだ。
次の瞬間、消えていた詩星が、窓の外から現れたのだから。
「へいっ! 爆発の犯人──見つけたよっ!」
彼はそう声を上げて、次いで懐から──沢山の小型爆弾を取り出した。
それらを抱えながら、詩星は続けて言う。
「これ全部、犯人から奪ってきた爆弾っ。そんでもって犯人が所持してる爆弾は、これで全部っ。というわけで蒼伊、全部纏めて冷却お願いっ!」
「──了解だ」
蒼伊はすぐさま、肯定で答えた。そして、間髪入れずに行動へと移す。
手に持ったままの拳銃を、小型爆弾の山に向けて撃ち放った。
一瞬で、小型爆弾の周りは凍った。シューッ……というような音もして、中身が冷却されていくようでもあった。
器用なことに、詩星の手や体は凍らなかった。詩星が信用からか微動だにしなかったのも、やり易かった理由ではあるのだろう。
完全に爆弾が機能しなくなったところで、詩星はそれらを床へと置いた。
「よし、爆弾無力化完了だねっ!」
一先ずはやり遂げた、と、テンション高めに詩星は言う。けれども千夏としては、ひと息を吐く前に確認事項があった。
「ちょい待ってっ。この、爆弾を持っていた本人は──」
と、そこで。窓の外から、新たな人の気配がした。千夏も声を止めてそちらを見て、そこに人がいるのを認識した。
モノトーンかつ目立たない服装をした、緑色のボブヘアの女性だった。見た目だけでいうなら、千夏と同年代くらいだろうか。
傷一つない彼女は、リビングへと入ってくる。険しい顔と鋭い眼光で、千夏たちを、特に詩星を睨んでくる。──先ほどまでの爆弾犯だと、誰もが理解した。
「お前、お前ら──っ!」
続いて叫んだ彼女は、素早く短刀を取り出した。やぶれかぶれな特攻のように、その短刀を出鱈目に振い出す。
しかし、狙っている人物自体は明確だった。詩星である。
「げっ。やっぱり予備武器があったっ!」
叫びながら、詩星は服の下から何か塊を取り出す。それは一瞬にして、銃に変形する。最先端の組立式アサルトライフル、というヤツだった。
彼は、それを敵に撃つわけではない。短刀から身を護る、所謂盾として扱った。
詩星を斬りつけようとした短刀は、その盾で防がれ続けた。キン、キン、キン──金属がぶつかり合う音がして、一向に斬りつけは成功しない。互いにリビングを駆け回りながら、その状態はしばらく続く。
防戦なのは、詩星の方。けれども実際は、見るからに相手の方が押されていた。
「このっ──!」
続いてその相手は、天井ギリギリまで飛び上がった。そのまま詩星の背後に降りて、首を斬りつけようとした。
しかし、彼女が床に降り立った時──詩星は、既にそこにはいなかった。
「──っな!?」
当然のように、彼女は驚く。攻撃の手を止め、固まる。
詩星が後ろにいることに、彼女は気がついていなかった。だから、自分が首に攻撃をくらうまで、彼女は無防備だった。
詩星は彼女の首に、勢い良く手刀を当てたのだ。ドサっと音をさせて、彼女は床に倒れていった。死んでいるわけでは決してなくて、けれども目覚めはしなかった。
「はい、これで敵は気絶したよっ。今のうちに刀も奪っとこうっ」
手に緩く握られている短刀を、詩星はヒョイっと奪い取る。そして、適当に自分の服の下に閉まった。
──手際が良すぎる。と、見ていただけの千夏は思った。殺し目当ての相手に、気絶目当てで優位に立ち続けるその戦闘能力も、凄いものだった。瞬間移動か何かのPSIだろうが、PSIを差し引いても凄まじい動きだったと、素人ながら感じた。
気絶した相手を見下ろしながらも、詩星はまだ警戒は解かない。何か、考えるような仕草をしてみせる。
「でもさ……殺し屋殺しじゃないよね、こいつ。ぶっちゃけるけど、あんまり強くはないみたいだし?」
次いで詩星が発した意見は、確かにそうだ、と思えるモノであった。
改めて千夏も考え直してみて、やがて、思い至ったようにハッとする。
「となると、まさか──」
「──貴方狙いの、ただの殺し屋。そういう可能性の方が高い」
白無は結論を告げながら、ずっと千夏の側にいる。彼女の護衛と敵への警戒を、未だ続けているようだった。
詩星はマイペースに明るく笑い、それから白無へと問いかける。
「じゃあ、この殺し屋はどうする? 捕まえる? 起きてから話し合ってみる?」
「……厳重に縛っておいて、起きるのを待つ。それから、話をする。殺し屋を止めるか、それとも捕まるか。選んでもらう」
いつもそうしているとでも言うように、平然として白無は答えた。その答えを予想していたのか、詩星はあっさりと大きく頷く。
「りょーかいっ。なら、早速縛っておこう〜」
そして、詩星は返事をするとともに、台所へと駆けて行った。「縄取ってくる〜っ!」と、元気にそう言っていた。
台所に人を縛れるような縄があるのだろうか? と、千夏は少々不思議ではあった。だが、ここは白無の家なのである。そういう変なこともあるのだろうと、納得しておくことにした。