6.ファーストデイ・ファーストエンカウント〈1〉
次の日になって、夏休み一日目を迎えた。けれども千夏は、課題も遊びも後にして、昨日決めたことを優先する。
千夏は自宅を出発し、記憶を頼りに歩いて、白無の家に来ていた。
勿論鍵がかかっていたので、素直にインターホンを押す。ピンポーンと、音が鳴る。もう一回、あと一回、そうやって三回ほど試す。
「……出ないなあ」
全く反応がない扉の先に、千夏はため息をこぼした。粘っていればいつか出てくれるかな、とか、割と本気で考えてもみる。
はて、どうしようか。千夏は、あれこれと考えて迷っていた。策なんてもの、特に考えてきてはいなかった。
「──おい」
その時──後ろから声がした。ドスの効いた少女のような声が、気配も無しにいきなり聞こえた。
当然のように千夏は驚いて、「へ?」と言いながら後ろへと振り向く。
そこにいたのは、声の通りに少女だった。プラチナブロンド色をした、ウェーブがかったロングヘアに、黒いベレー帽を被っている美少女。全身真っ黒な服装が、少々特徴的にも映る。
けれども、もっと特徴的なことがあった。中学生くらいの見た目だというのに、雰囲気がやたらと大人っぽいことだ。それも、セクシーとかクールとかではなく、ハードボイルドなどのそういう系統だ。
「……お前も用事か」
声質だけは少女らしい声で、ハードボイルドな少女は言う。
「えっと……誰です?」
勿論見覚えなんてない少女に、千夏はきょとんと問いかける。対する少女の方は、名を答える気があるようだった。
「……有栖だ」
「……へ?」
そしてまた、千夏は驚きの声を上げた。何処かで聞き覚えのある名前──正確に言えばコードネームであった。
「ああ、あの──」
あの殺し屋の、と言いかけて、千夏はピタっと言葉を止める。外で言っていいものかと迷い出してしまって、それ故に口を噤んだのだ。
白無から聞いていた話では、有栖本人に危険性はない。だからこそ、冷静に判断をすることができた。
すると、口を閉じた千夏を見て、有栖は感心したような顔をする。
「ふむ。あんた、弁えているヤツだな」
そのまま有栖は横に潜り込むと、いつの間にか千夏の前にいた。そうして、指先をインターホンに近づけた。
その様子を見て、千夏は助言のように言う。
「残念だけど……押しても出ないみたいだよ」
「そりゃあ、あれじゃアイツは出てこない」
対する有栖は、全く動じていないように答えた。それどころか、逆に千夏に疑問を抱かせる答えを告げた。
それに千夏が問い返すより早く、有栖はインターホンを鳴らし始める。
ヘンテコな一定のリズムで、何回か音が鳴った。一回では覚えきれないほどに、長いリズムで鳴り続けた。
それをボヤッと聞きながら、やっと千夏は思いつく。──これが合言葉のようなものなのだ、と。
どうやらその推測は当たりのようで、しばらくすれば、内側からガチャリと音がする。
「……どうも」
小さく開いた扉の隙間から、白無は半分だけ顔を出した。
そして、彼女は有栖を見て──次に、千夏を見てきた。『しまった』と言うような顔をされたが、『もう遅い』と千夏は思った。
結果、千夏は有栖のおかげで、白無宅へとお邪魔することに成功した。
▽
相変わらず、生活感のないリビングだった。三人はそのリビングを素通りして、地下の部屋へと直行する。
そして着いた部屋も、相変わらずのように散らかっていた。「とっとと片付けろよ」と有栖が言ったが、白無は「……いつかやる」と答えた。その台詞は大体、いつまで経ってもやらないのと同義である。
その後で、三人は椅子に座った。白無はいつもの定位置で、千夏も同じく定位置。有栖はといえば、千夏の隣の椅子に座った。
そこで、早速と言うように、白無は切り出す。
「それで、有栖。……何の用事?」
「…………一つ、頼みたいことがある」
躊躇いの後、決心したように、有栖は前置きを告げた。
「それは、任務?」
「ああ、そうなるな。だから、報酬も支払う」
「……なるほど。では、内容は?」
白無が問えば、有栖はスゥ、とひと息を吸う。
「私を──護衛してくれ」
彼女は白無をじっと見据えて、きっぱりとした声でそう言った。どう見ても真剣な頼みだと、千夏は傍でそう感じる。
──有栖って子は、殺し屋なんだよね? その、殺し屋を護衛? ええっと、どういうことなんだ?
会話を眺めるだけの状態な千夏は、密かに困惑をし始めていた。
仕事人同士の会話は、その後も淡々と続いていく。
「……要求は理解した。では……その護衛とは、誰から護ること?」
「──『殺し屋殺し』から、だ」
有栖はさらに詳しく、鋭い瞳を携えて、それを明かした。千夏は勿論驚いたが、白無も瞳を少しだけ揺らがせた。
有栖はそのまま語りを続け、詳細の説明を告げていく。
「私は、殺し屋殺しに狙われている。最近、私と近しいとされている殺し屋が──三人も殺された」
「……──」
その説明を、白無は静かに聞いていた。何か、考えているようでもあった。
しばらくして、白無はスッと顔を上げた。考え事が終わったような、そういう顔をしていた。
「……わかった。今は他の任務も受けていないし、悪い噂もない。ので、有栖の任務を受けようと思う」
そして、白無が出した結論は、『有栖からの任務の承諾』である。
その結論を受けて、有栖は「ふうう……」と息を吐く。それは、見るからに安堵した様子であった。
「……ありがとう。礼を言う」
素直に、有栖は礼を言った。さらに、頭も下げていた。
「──生きていたいんだ、私は。絶対に。何が何でも」
まだ頭を下げていたから、有栖の表情は見えなかった。続けたその言葉を、有栖はどんな感情で言っていたのか。──それは、千夏にもよくわからなかった。
「『殺されない、殺させない』。ので、任務は遂行する。──なるべく」
対する白無の答えは、成功を確約するものではない。あくまで冷静に判断した、彼女らしい返答だった。
それでも何だか、ある意味で頼もしいと感じる宣言だった。少なくとも千夏は、感覚的にそう思ったのであった。
▽
三人はテーブルを囲んだまま、会議のような話を進めていく。
「まずは……殺し屋殺しについて、知っている情報を聞いておきたい」
「わかった。量は少ないが、わかる限りで話す」
全面的に協力するように、有栖は白無へと答えた。
そこで、千夏は『今だ!』と思う。会話の隙間を見て、バッと手を挙げる。
「あの〜……えっとさ、私は聞いてていいのかなあ?」
二人からの注目を集めながら、千夏はそうやって疑問を告げた。
「私は、特に問題ないと思う。……有栖の方は?」
「私も、特に不都合はないさ。そいつ、意外と弁えているとは思うしな」
そして。白無と有栖から返ってきたのは、あっさりとした肯定であった。千夏からすれば、拍子抜けするようだった。
「……ホントにいいの?」
「ああ、構わない」
千夏の最終確認にも、有栖は迷うことなく頷きで返す。それどころか、「話が済んだんなら、本題に戻るぞ」なんて続けた。
だから千夏も、もう気にしないことにした。いっそのこと協力でもしてやろうか、というくらいの心持ちで、会話に耳を傾け始める。
「最初に言っておくと、殺し屋殺しの名前や外見は、私だって全く知らない。そこについては、情報がゼロだ」
開き直るような口調で、有栖はそう言った。
何も知らないとでも言うような、そんな台詞。けれど、白無はそこに気を取られずに、言葉の穴を突いていく。
「……なら、戦法については?」
「一言で言うなら、『それも知らない』だ。ただ──『多少の推測ができる情報』、それを私は持ってる」
白無の考えは当たっていたようで、有栖はさらなる情報を告げた。
「──殺されたヤツの、遺体を見た。と言っても一人だけだし、損傷が激しすぎたが……私としては、主に爆破によるものだと推測する」
重い口調で、有栖は言った。そこで、千夏もハイっと意見を告げる。
「敵は爆弾を使う戦法、ってことになるのかな? それとも爆破のPSI?」
「断言はできないが、PSIだと推測している。遺体は何発もやられたように見えたが、物理的な爆弾でそれをやるのは、アイツが相手では難しい筈だからな」
続く有栖の語りに、白無は眉をピクリとだけ動かしてみせる。
「その遺体って……もしかして士紅?」
「ご名答。そうだ、士紅のPSIは、『PSI意外を通さないPSI製のシールドを作り出すこと』だからな」
白無の問いに、有栖は解説を混じえながら答えた。
PSI意外を通さないシールドを繰り出せる奴が、ただの爆弾を何発もくらうのだろうか? つまりはそういうことだ。
「……なるほど。となると確かに、爆破はPSIによる能力……!」
有栖の主張に納得したように、千夏はうんうんと相槌を打つ。一方の白無は、その戦法について考えを巡らせているようで、
「爆破のPSIか……。だとすると、結構強い。あと、私と相性も悪い」
白無は珍しく、消極的な言葉を告げた。あくまで客観的で冷静な視点なのだろうが、千夏からすれば衝撃だった。故に、千夏は戸惑いながら問う。
「へ? な、なんで?」
「私のPSIは、言うなれば自己超再生。けれど、一度に木っ端微塵になれば、私でも流石に死ぬと思う」
淡々と、あくまで客観的で冷静に、相性の悪さを白無は明かす。
「……そ、そっか」
そう平然と言われてしまえば、千夏は戸惑いながらも納得をするしかなかった。
結局、相性が悪いのは何処までも事実。何だか少し不安になってしまって、千夏は別の切り口から、横に逸れないレベルの話題を切り出してみる。
「そう言えば……有栖のPSIって、何なのかな? もしかすると狙撃関連?」
有栖のPSIは、殺し屋殺しに有利を取れるものだろうか? 情報を増やしたいと、千夏はそう考えていた。
「狙撃が私のブキなのは知ってるんだな。ま、それでご名答だ」
返ってくる有栖の言葉は、千夏の推測が当たりだと告げている。
「つまり……やっぱり狙撃関連のPSIってこと?」
「ああ。正確に言えば、私はこの眼にPSIを持つ。狙撃能力を高める、そんなPSIを宿した眼ってモノだ」
有栖は自身の両眼を指差して、きっぱりとそう明かした。
それを言った後の彼女の顔は、何だか浮かないものである。
「殺し屋向きのPSIだけれど……居場所がわかってる標的を、遠くから隠れて打つって力だ。派手なレベルのモノじゃないし、接近戦に弱いし。未だに居場所がわからない殺し屋殺しとの相性は、普通に悪そうだけどな。だから、白無に護衛も頼んだんだし」
「二人とも、相性が悪い。……割と致命的な問題」
さらに続けて白無さえも、現状のままでは厳しいと、そんなことを告げた。
何だか空気がどんよりしてきたと、千夏は思う。主に千夏、少しだけ有栖が原因の空気なのだが、それでも千夏は何とかしようと思った。
「──あのさ」
だから千夏は、勢いのまま手を挙げて、切り出した。次に言うべき言葉は、しっかりと決めていた。
「──私のPSIが、頼りになるかもしれないっ」
千夏のPSI──『自身が念じて触れた者のPSIを無効化するPSI』というモノ。殺し屋殺しにだって、勿論効いてくれる能力の筈だ。
すると。千夏のPSIを知らない有栖はともかくとして、白無には、千夏の言いたいことが伝わったのだろう。
けれども白無はその上で、小さく首を横に振った。
「それは絶対駄目……と、私が決めている」
そしてきっぱりと、彼女は拒否の言葉を告げた。
白無が拒否をしてくるのは、千夏としては予想の範囲内であった。今までの言動から、簡単に予想ができた。
が、それでも。千夏は全く引き下がらないし、そのつもりもない。
「なんでさっ。このままじゃ、色々と大変なのにっ」
「今話したことは、まだまだ推測の範疇だから。なので、護衛対象を巻き込むわけにはいかない。それに……そうでもなくとも、ハナから護衛対象を巻き込む気はない。そう、決めている」
互いに強情なまま、会話は続く。
「つまり、どうやっても私は蚊帳の外、ってことじゃんっ」
「だから……ずっと、それが安全だと言っている」
「知識をつけた方が安全だって、白無が言ったんじゃんっ」
「今回の話は知識じゃなくて、実戦。しかも、見るからに危険な話。だから、それとこれとは全く別の話。護衛対象を進んで未知の危険に晒すのは、生かし屋として、絶対にやってはいけないこと」
「……うぐっ」
やがて、結局は千夏が理詰めで負けて、そのまま言葉を詰まらせた。しかも、凄く本気で護ってくれているのだと思わされて、それ故に千夏は黙り続けてしまった。今後どうするべきか、少々悩み出すくらいだ。
互いに黙ってしまった状況で、有栖だけがヒョイっと挙手をする。続けて、彼女は千夏を指差した。
「あー……私、ついていけてないんだが。まず、コイツの能力は何なんだ?」
コイツとは、勿論千夏のことである。
「自身が念じて触れた者のPSIを無効化するPSI、だよ」
すると、当の千夏が答えを返し、自分の能力を明かしてみせた。
有栖は、僅かに目を開く。幾らか答えを予想していたとは言え、それでも彼女は驚いたのだろう。
「──特異すぎるPSIだな、それ。護衛が必要なくらい狙われている理由も、よーく理解できる能力だ」
「……自分では、最近まで実感なかったんだけどね。変な能力だってことは、昔から言われてたんだけれど……それもなんだか慣れちゃって」
白無との出会いを思い返しながら、千夏はポツリと呟いた。
「鈍感だな、かなり」
有栖からの返しは、率直な感想である。
「それは、たまに知人からも言われる」
それを割と自覚している千夏は、怒りも落ち込みもせず、寧ろ逆に頷いた。やっぱりそうか〜、と、実感するようでもあった。
が、しかし。有栖から見れば、千夏は多少項垂れているようにも見えたらしい。有栖はフォローのように続ける。
「いや、貶しているわけじゃないさ。一般人として過ごしていく分には、『鈍感』は大切なスキルだよ」
「…………」
黙って聞いている千夏に、有栖はさらに言う。
「鈍感だったから、特異な能力を持つ特異なお前が、今まで普通に過ごして来れたんだ。勿論、白無の護衛の力もあるけどな」
そして、有栖はそう言い切る。けれども千夏は、どこか思うところがあるような、そんな目線を向けた。
「私、もう……一般人じゃないと思うんだけどなあ。色々と知っちゃった以上、一般人ではいられないし、いたくもないよ」
テーブルに向かってだらっと力を抜いて、千夏は嘆くように呟く。それは、彼女の本気の願いでもあった。悩んだ末にこぼれた、本心だった。
白無のことを知ってしまった以上、彼女と仲良くしてみたいと、出来ることなら協力したいと、そうも思った。
しかし、白無はその願いを突くように、ハッキリと言う。
「貴方は……前に行っていることと、矛盾している」
「そうなの?」
自覚をしていない、故にわからない千夏は、短く聞き返す。
「貴方は、『日常を過ごしていたい』と……確かにそう言った」
次いだ白無の答えに、千夏は思った。──確かにそうは言ったが、その言葉は矛盾とは別物である、と。
「それは、隠れたり逃げたりは嫌だ、ってことだよ。一般人じゃなくなっても、白無たちに協力したとしても、日常は過ごせるからねっ」
「……──」
千夏の主張に、白無は黙った。その主張について、考えを巡らせているようだった。そして、納得したようでもあった。
けれども、やはり白無は折れやしない。
「……そうではあるけれど。やはり、協力は許可できない」
よく通る声で、きっぱりと言い切って、小さく首を横に振った。
そこまで意思を貫かれると、千夏としてもどうしようもない。碌に頭を回さずに、単語の羅列を始める。
「もう〜っ、強情なっ! 頑固なっ! 頑固一徹なっ! 意地っ張りなっ! も一つおまけに強情なっ!」
「……何とでも言えばいい」
対する白無は、応戦してくることはなく、静かに意思を貫き続けた。最早、意思というより意地かもしれない。
有栖は交互に二人を眺めて、苦い笑みを浮かべてみせる。
「私としては、お前の協力があるならありがたいんだけどな。まあでも。私に決定権はないから、白無の言うことを聞くつもりだが……」
次いで、白無に視線を向ける有栖。
「……有栖がそうだとしても、私は否定を続ける」
「ってことらしいから、しゃーないな、諦めてくれ。お前には頼らず、こっちはこっちで何とかするさ」
白無の否定を聞いた上で、有栖は千夏に結論を告げた。
結局は、千夏には味方がいない。その上、一体二なので劣勢だ。
しかし千夏も白無と同じく、意思というより意地である。つまり、まだまだ引き下がるつもりはないのだ。
「でも、二人で何とかするって……それこそ、そっちが危険だと思うけどっ」
千夏の指摘を、白無は正面から受け止める。
「……それについてなら、人員を増やせる考えがある」
そうして受け止めた上で、白無は新たな対策を切り出した。予想外の返しに、千夏は思わず引き下がってしまう。
その話題については、有栖が興味を示したようだ。
「何だ? その、考えってのは」
「『スクエア』にいる知人に、協力を要請してみる……という考え」
白無がそれを明かせば、有栖は眉をピクリと動かす。
「私はあくまでフリーだし、あまり、そういうのに頼りたくはないんだが……」
大きな機関と懇意にはなれないと、彼女はそう言った。
けれども白無は、小さく首を横に振る。
「……大丈夫。私個人でその知人に頼むという、そういう話。ちゃんと、信頼できる知人でもある」
有栖の懸念を払拭するように、白無は加えて補足した。
「あー、なるほどな」
少し考えて、有栖は納得したように相槌を打つ。懸念点が消え、全面的に意見を変えるような、そういう相槌だった。
「それなら、良いかもしれない。ああ、願ってもない話だ」
そうして有栖は意見を変えて、肯定を示す。
千夏の方としても、戦力が増え、白無たちが安全になるのはありがたいことだ。が、千夏の意地のような意思は、まだ消えていない。
「スクエアってのに頼るのに、私は頼らないの〜っ?」
「……勿論、頼らない。『スクエア』は国家機密の情報機関だから。ここに所属している知人も、私と同じ側の人間」
千夏の文句に、白無は平然と言い返した。同類の知人に頼むだけなのだと、白無はそう言ったのだ。
よって、またもや引き下がってしまう千夏。次に有栖が本題を再開して、会話を進めていく。
「んで。スクエア所属の、誰に頼るんだ? 私は白無の知人と親しくはないから、多分知らない奴だろうけど」
「……詩星と蒼伊に、頼ろうと思う」
白無が答えとして上げたのは、二名の人物。前者は千夏も知っているし、会ったこともあるのだが、後者は名前すら初聞きだった。
が、有栖はどちらも知らないようで、軽く首を横に振る。
「やっぱり……私は二人とも知らないな。詩星だか蒼伊だか、聞いたこともない。殺し屋ではないってことだよな?」
「うん。スクエアに殺し屋は所属していないから……二人とも、ただのエージェント。簡単に言うと、スパイの一種」
「……戦闘能力は?」
「どっちもかなりある。けど……これ以上は、私の口から言う気はない」
探りを続ける有栖だったが、白無はそこまでで口を噤んだ。しかも、彼女が『言う気がない』と言ったのなら、本当に絶対に言わないのである。そう、千夏は思ったが、有栖は納得しているようだった。
「まあ……そりゃ、そうだろうな」
「……なんで?」
正解に至れない千夏は、有栖に向かって聞いてみる。
「フツーに考えて見ろ。国家機密の組織に所属してるスパイなんだ。知らない他人に、ましてやフリーの殺し屋に、自分の情報を教えたいとか思うか?」
「……あ」
そして千夏は、短い声を上げた。ハッとして、そして『なるほど。そりゃあそうだ』と正解に至った。
スパイが、信用できない相手なんかに、重要な情報を渡したいと思うわけがない。その常識を白無もわかっていて、故にすんなりと黙ったのであろう。
次に白無は、閉じていた口を小さく開く。
「私の提案を受けるのなら、二人を呼ぶ。そして、当の二人から説明を貰うことになる。どこまで教えて貰えるかは相手方の判断になるけれど、あの二人なら結構な情報をくれると思う。そうじゃないなら、受けないなら、この提案はおしまい」
つまりは、提案を受けるのか、受けないのか。白無は有栖へ、二択を問うた。
「ああ……そうだな」
考えるように、有栖は間を繋ぐ言葉を呟く。しばらく黙って、彼女は顔を上げた。
そして、真っ直ぐと言った。
「──その提案、受けようと思う」
「──了解」
次いで白無も、真っ直ぐと請け負った。
二人の間で、約定が成立した。