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5.エクストリーム・エクストラオーディナリー〈3〉

 そうして、三人が椅子に腰掛けた。

 白無の位置は変わらず、向かい側の千夏の位置も変わらない。ただ、加えて詩星が、白無の隣に腰掛けた形だ。


 そこで最初に話し出すのは、詩星の方を見やった白無である。


「詩星が代わりということは……貴方が死体や拳銃を片付けに来てくれた、ということでいい?」

「勿論、バリバリそういうつもりでいるよっ。ちゃ〜んと『スクエア』まで持っていくから、安心してねっ」


 大きく頷いて答えた詩星は、頼もしげに胸を張ってみせた。

 二人の会話を聞きながら、突如出てきた単語に、千夏は首を傾げてみせる。その英単語自体の意味はわかるが、固有名詞としては知らない言葉だ。


「……スクエア?」

「秘密基地のことだよ〜。だから勿論、場所は秘密っ」


 イタズラっぽく人差し指を立てて、楽しそうに詩星は答えた。一見かるーい台詞に見えて、何か含みがあるような声だ。それ以上の詮索はよしておこうと、そう思わせるものでもあった。

 そこでもう一度、白無は詩星を見やり、問いかけを始める。


「ところで……先生の急用について、聞いておきたい。どういったもなのか、大事おおごとだったりするのか。念の為、こちらでも把握しておこうと思う」

「あ〜……実は俺も、よくは知らないんだよね〜。先生の話を聞く分には、なんだかきな臭い話だったけれど」

「……詳しく、聞かせてほしい」


 詩星の語りに仕事的興味を惹かれるように、白無はきっぱりと要求を続けた。

 対する詩星は、軽い調子で「オッケー」と返して、少しだけ目を細めてみせる。


「もしかすると、『殺し屋殺し』が日本に来てるかも……って言う、物騒な話」

「──『あれ』が、来ている?」 


 詩星の告げたその名称は、白無にも思い当たる節があるらしい。あくまで念の為に確認するような、そういう問いだった。


「うん。確定ではないけれど、『あれ』が、だよ」

「……了解。理解した」


 続く詩星の肯定に、白無は納得して小さく頷く。

 そこまでの会話を聞いていた千夏は、戸惑うように、交互に二人を見回して、


「殺し屋殺しって……何その、名前からして物騒なヤツは」


 千夏の発した疑問に対し、白無と詩星は二人して、彼女の方へと目線を向けた。千夏の問いに答えるのは、白無の方である。


「大体、名前通りの者。……世界中で殺し屋を殺して回っている、それで通称が『殺し屋殺し』。現時点では、外見や本名などの情報は不明。理由は、犯行現場を見た殺し屋が、全員死んでいるから」

「……うわあ、見事に物騒」


 千夏はある意味感心するように、恐れと感嘆の混じった声を上げた。

 その様子を笑って眺めつつ、詩星はふと顔を上げる。


「そーいえば、白無はさ」

「……何?」


 何気ない声かけに、白無はゆっくりと問い返した。

 すると詩星は、少し言葉を選びながら、言いたかった本題を明かし始める。


「いやあ……こんなに色々と明かしちゃってて、いいもんなのかな〜? って、ちょっと思って。千夏がどういう事情の人か、俺は知らないけれどもさ〜」


 相変わらず、一見軽く明るい声色で、彼は言った。内容が内容なだけに、含みがあるような雰囲気なのも、相変わらずのことだった。

 けれども白無は態度を変えず、堂々と、かつ淡々としたままで考えを告げる。


「……あちらに引く気がないようだった。だから、こっちの知識をつけて、自衛して貰う考えに移った」

「おお、見事な切り替えの速さっ! けれども『確かに!』って思う〜。攻撃と知識は最大の防御、ってモノだよねっ」


 今度の詩星の反応は、心から明るい声をした、賞賛と賛同だった。どこで聞いたのかよくわからない言葉遊びも、彼らしい台詞だった。

 詩星は続けて、腕を組みながらうんうんと頷く。そうした上機嫌のままで、ガタッと椅子から立ち上がる。


「んじゃ、俺はそろそろおいとまするねっ!」


 勢い良くゴミ山を踏みながら、元気良く去って行く詩星。途中で立ち止まると、クーラーボックスもどきを軽々と抱えた。

 次に、彼はふと思い出したように、慌ただしくテーブル傍まで戻ってきて、


「あ、あと、拳銃っ! あれも持って帰るから貸してっ。そんでもって合鍵もあるから、施錠も任せといてっ」

「……了解」


 白無が手際良く二丁の拳銃を渡せば、詩星はそれらをヒョイと受け取る。そして、服のレースの中へと隠すようにしまった。

 目的を終えた詩星は今度こそ、元気よく階段まで去って行く。


「ではでは、またいつか会おうっ。それじゃあね〜っ!」

「……さよなら」


 白無は椅子に座ったまま、抑揚はなくともよく通る声で挨拶を返した。

 詩星はブンブンと手を振った後、素早い動きで階段を駆け上がって行く。すぐに、姿が見えなくなっていく。


 やがて、やかましいのが去っていけば、部屋は一気に静かになる。いっときの嵐のような、とでも表現してみせようか。


「……何も言えなかった〜。慌ただしすぎる」


 千夏も椅子に座ったまま、率直な感想を呟いた。

 

 ▽

 

 次に声を発したのは、向かい側の白無だった。


「これで、やるべきことは終わった。ので……貴方は帰っていい」


 千夏の方を見やって、千夏のことを呼んで、静かに告げる白無。

 その台詞を聞いて、千夏はいい加減に、ずっと思っていたことを投げかける。


「……あのさ、白無」

「……何」

「私、『貴方』じゃないんだけど。『千夏』なんだけど」

「……別に、それは認識している」


 白無は『何故いきなり当然のことを言いだすのか』とでも言うように、淡々と呟いた。

 けれども、千夏が言いたいのは、そういう話ではないのだ。


「白無って私のこと、ずっと『貴方』としか呼ばなくない?」

「……あくまで護衛対象だから。それでいいと私は思う」


 千夏が繰り出した要求に、白無は自分なりの意見を言う。要求に応える気はないと、案にそう告げている言葉だ。

 それでもやはり、千夏は言い返す。


「私はもう色々と知っちゃったし、鮮明に覚えているし、知らない時の自分に戻る気はさらさらないんだよ。他人行儀で寂しいっ」

「……それは」


 今度こそ、白無は考え込むようにして、じっと黙り込んだ。

 千夏はしばらく、相手の言葉を待つ。そうすれば、白無はゆっくりと口を開く。


「……それより、もう夜も遅くなる。早く帰ったほうがいい。貴方には、学校という場所がある」


 その返しは、見るからに往生際の悪い話題逸らしだったが、千夏には効きやしない。


「それなら、別に大丈夫だよ。明日から夏休みだし、部活もやってないから」

「……ああ、夏季休暇というもの。そうか、あれが今日から……」


 逆に白無の方があっさりと納得したようだが、すぐにハッとして顔を上げた。


「けれども……あくまで貴方は護衛対象。殺し屋でもエージェントでも、生かし屋でもない。あまり、踏み入れないほうがいい」

「だから、関係を深めないような他人行儀の呼び方、ってことなの?」

「……うん、その通り」


 千夏の確認に乗っかるように、白無は肯定を呟く。それは、自分の意見で反論して来ないくらいには押されているとも言える状況。


「一回、一回だけっ。千夏って呼んでみてっ」

「……──」

「一回だけ、ちょっとだけでいいからさっ」

「……──」

「私は、白無って呼んでるよっ?」

「……──」


 しかし、それでも白無は頑なだった。ずっと、口を結んでいた。


 千夏は、その口に触れてみた。決してこじ開けられはしなくって、力では敵わないとすぐにわかった。そもそも口をこじ開けられたとしても、向こうが動かしてくれないと意味がない話だ。

 要求を聞かせる行為の方が、ただそれを聞かないでいるだけの行為より、ずっと難しいことなのだ。


 そうしてらちがあかないまま、時は過ぎていくだけだった。

 

 ▽

 

 結果を言うと、千夏の要求は聞き入れられなかった。しかもあれから、無理矢理に帰宅をさせられた。

 前みたいに、白無にヒョイっと抱えられて、無理矢理自宅まで運ばれたのだ。身体能力の差は相当なものであり、逆らえるはずもなかったと言うわけだ。


 だから今、千夏は自宅にいる。白無は玄関で去ってしまったため、一人で自室のベッドにいる。家全体でみても、この家には千夏しかいない。

 白無には言っていなかったが、千夏は一人暮らしをしているのだ。高校受験で東京の高校に受かって、上京することになって、そのまま流れで家を用意して、と言う流れだ。といっても、実家も近くの神奈川県ではあるのだが。


 一人暮らし、故に静かな家の中。彼女は、天井をぼうっと見る。その行為に、特にこれといった楽しさは見出せない。


 やがて、何だかぼんやりと考えだす。


「──明日また、白無の家に行ってみよう」


 結局はやはり、千夏の方も往生際が悪かった。なので彼女は、寝っ転がったままでそう決めた。

 しかも、一回行ってみると決めた以上、撤回する気は碌になかった。

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