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4.エクストリーム・エクストラオーディナリー〈2〉

 やがて二人は、再びセーフハウスに訪れた。

 相変わらず散らかっている地下室に、二人して足を踏み入れる。千夏の方が先にテーブルまで進んで、傍の椅子へと腰掛けていた。


 白無はといえば、地下室のゴミ山を漁っていた。大きなクーラーボックスのように見える機械を探り当てると、凜々の遺体を丁寧にしまったのだ。大きな蓋をしてしまえば、彼女の姿はもう見えない。

 けれども、遺体が近くにあるのは変わらない。近くに死を感じてしまう、そんな気分は中々消えてくれない。

 千夏は何だかソワソワしてしまいながら、スイっと挙手をしてみせた。


「……一つ、心配な点があるんだけれど。ちょっといいかな?」

「……何でもどうぞ」


 千夏の向かいに腰掛けながら、すんなりと答える白無。お言葉に甘えて、千夏は疑問を問いかける。


「有栖って殺し屋は、私を狙ってきたりする? 極悪人しか狙わないっていうのなら、流石に私は大丈夫なのかな?」

「……それなら、大丈夫。有栖の人となりは知っているけれど、本当に『極悪人と言われる者』しか狙わないし、依頼されないと殺しはしない」


 白無からのお墨付きに、千夏はやっとこさホッとした。のだが、白無のその説明で、別の疑問が浮かび上がってくる。


「あれ? つまり凜々は、依頼で……?」

「そうだと思う。『敵が雇っている殺し屋を殺せ』。そういう依頼も、数多くあるから。そして凜々は……どう見ても、有栖の判断では極悪人。人を積極的に沢山殺していれば極悪人、と、有栖は判定すると思う」

「……なるほど」


 続けて解説してくれる白無の答えに、千夏は納得して頷いた。凜々は千夏を狙っているつもりで、逆に自分が狙われてもいた、ということなのだろう。

 やっと事情がわかってきて、今の状況にも実感が湧いてきた千夏。何だかどっと疲れてしまって、「はああ……」と、大きな息を吐く。


 けれども、大変な状況がわかってしまった以上、ずっとぼうっとしている訳にはいかなかったし、そのつもりもなかった。


「今から、どうするのかな? 凜々の遺体は……どうなるの? 殺し屋とはいえ亡くなったのなら、墓くらいは作るべきなのかな」


 自分が狙われていたことも気にせずに、千夏は積極的に問い掛ける。

 と、白無はテーブルに頬杖をついて、答える。


「まずは、ここで人を待つ」

「……人?」

「『先生』を、待つ」


 白無はもう一度答えたが、『人』が『先生』に変わっただけだ。千夏からすれば、よくわからないことに変わりはない。


「……先生って、誰?」

「死体や拳銃を、片付けに来てくれる人。それから、さっきの戦いで、人払いをしていてくれた人」


 千夏の問いに対して、主観的な人柄を答えるのではなく、客観的な仕事内容を答える白無。彼女らしい、ある意味わかりやすい人物紹介だとも言えた。

 それを踏まえた上で、千夏は確認のように問う。


「……白無のサポーターさん、みたいな感じ?」

「やっていることだけ見れば……そうかもしれない。でも、先生と呼んでいる」

「先生、ねえ……」


 先生と言われると、千夏が思いつくのは学校の教師くらいのものであった。このままでは『先生』の印象が、学校の教師になってしまう。

 どうせ、後からここに来るらしいのだから、どんな人かはすぐにわかるのだろう。けれど、先生とやらを持っているだけでは手持ち無沙汰である。ので、千夏は問い掛けを続けることにした。


「じゃあ、その先生の見た目は?」

「黒いストレートのロングヘア。濃い青色の瞳。常に白衣。……若作り」


 白無は単語を並べ連ねるように、先生の外見的特徴を淡々と告げる。その内容から推測するに、女性的要素が多いようにも思えるが、


「……女の人、でいいのかな?」

「そう。美女……と自称していた」

「じ、自称なんだ……」


 千夏は推測を当てつつも、白無の説明に苦笑いで呟いた。


「まあ……客観的に見て、多くの男性が好む容姿ではある、と思う」


 そう続ける白無の脳内に、美醜の感覚はあまりないのだろう。多くの人が美形だと言うから美形なのだ、くらいの感覚なのかもしれない。

 けれどもそれは、ある意味では大衆に寄り添った美醜感覚である。ので、先生も普通に凄い美女、ということで間違いはないのだろう。


「若作りって言うけれど……何歳なの?」

「知らない。けれど、十七歳の子供がいる年齢。なのに、二十代に見える」


 何気ない千夏の問いに、白無は答える。その答えは、先ほどよりも感情がこもっているように思えた。


「……ホントに、凄い若作りだ」


 その白無につられるように、千夏は感心するような声を発した。

 最低でも三十代、もしくは四十代だと思うのだが、客観的に人を見る白無が、二十代に見えると言う。だとすれば、中々に凄い美容技術だ。


「私も、それについては不思議に思う」


 白無は千夏に同感なのか、自分から賛同意見を呟く。その言葉には、やはり、先ほどよりも感情がこもっていた。


 ──白無をも戸惑わせる、若作りな黒髪白衣美女。

 千夏にとって、今の所の先生の認識は、そんな感じの濃いめなものだった。


 そして、一旦会話が終わってしまい、辺りは途端にシーンとなる。

 何故だかスマートフォンを取り出して、慣れた手つきで弄り出す白無。そんな彼女へと、千夏は手持ち無沙汰故に問いかける。


「それで……その先生は、まだ来ない?」

「……メッセージが来た。後、三十分はかかるらしい」


 白無は顔を上げて、そう答えた。どうやらスマートフォンを弄っていたのは、先生との連絡目当てだったようだ。


 しかし──三十分である。

 今でもすでにやることがない千夏は、散らかった辺りを見回して、あのクーラーボックスもどきの前で目線を止めて。そんでもって、気まずそうに目を逸らす。


 やはり、やることがない。本来なら色々な対策で動き回りたいくらい大変な状況だというのに、これでは何だか落ち着かない。


「三十分……待つの?」


 往生際の悪い問いを、千夏は白無に向けた。


「……待つ。それしかない」


 けれど白無は、あっさりとそう返した。

 迫力もない、いつも通りの淡々とした声。それが現状をよくよく実感させるようでもあり、ある意味で、有無を言わせない雰囲気があった。


「……待つかあ」


 それで、千夏はやっと観念したのか、ぼんやりとした声で呟いた。

 

 ▽

 

 あれから、三十二分くらいが過ぎた。壁にかかった時計はしっかりと、細かい時間経過を示してくれている。


「……──」


 千夏は無言で、テーブルに頬杖をついていた。まだかなあ、と、ずっと思っていた。

 けれど、次の瞬間。向かい側に座っていた白無が、椅子からスクッと立ち上がる。


「──来た」


 千夏には何も聞こえなかったが、白無は何かに気がついたらしい。

 千夏が『先生が来たの?』と問いかけるよりも早く、白無は階段付近へと進んで行く。


「──っちょまっ!」


 代わりに『待って』と言いかけたような声を上げて、千夏はそれを追って行った。しかし、相変わらず床さえ散らかっているので、ひたすらに歩きにくい。


 そして、やっと白無に追いついた時、既に白無の前には、一人の客人が佇んでいた。

 千夏なりに一言で言えば、『聞いていた先生と違う』、である。


 そこにいたのは、美形は美形でも、ちょっとばかり趣旨が違う──童顔で中性的な美少年、であった。

 小柄で華奢だが、千夏たちよりは流石に大きく、百六十ちょっとくらいの身長。肩上くらいまで伸び、陽の色をしたミディアムヘアに、大きめな赤色のカチューシャをつけている。こちらを見てくるのは、輝くような空色の瞳。赤色と黒色を基調とした、レース付きのゴシック風男性服を着用していた。儚げな美貌といえば聞こえはいいが、その雰囲気はとても(やかま)しそうだ。


「残念だけど、先生じゃないよ〜。先生は、色々と忙しくて来られないらしいっ。で、俺がピンチヒッター、つまり先生の代わりに来たっ! 合鍵を貰ってきたから、鍵もガチャガチャっと開けてきたよっ!」


 その少年は、前のめりになってピースサインを向けて、テンション高く告げる。


「……なるほど。理解した」


 白無はその説明だけで納得したのか、あっさりと頷いた。が、千夏としては少々待ってほしい、説明が欲しい状況だ。


「ま、待って! ちょっと待って! この人は、誰? 先生じゃないってことでいいんだよねっ?」


 戸惑いながら少年を指差し、慌てた声色で千夏は問う。

 それに真っ先に答えるのは、白無ではなく少年の方であり、


「俺は先生じゃないよ、先生っていうのは俺の恩人っ。そして、今の俺は先生のピンチヒッター!」

「……え、えっとお?」


 快く答えてくれたのは有難いものの、千夏は首を傾げていた。

 勢いに流されてなあなあにはならないように、彼女は何とか頭を回して、この状況を整理していく。


「つまり……先生は急用で来られなくて、親しいこの人が代わりに来たと?」

「……さっきから、そう言ってるけれど」


 どうやら要約は当たっていたらしいが、白無の悪意なきその台詞は、千夏としてはちょいとばかし心に来る。

 こちらはずっと、驚きの連続なのだ。ちょっと混乱するくらい、仕方がないだろう。なんて、彼女は内心で言い訳をする。


「うーん……私、今やっと理解したっ。そんなわけで、この人って誰かな?」


 千夏はもはや開き直って、少年の方を向き、さらに加えて問いかける。

 すると少年は、千夏を見返して、にっこりと笑顔を浮かべて。そして、さらに前のめりになっていく。

「俺の名前は詩星(ジゼ)。他に何か紹介しようにも、仕事は秘密だし、自分のことはよく知らないし……うーん……好きな食べ物はチーズハンバーグで、好きな色は赤かなっ。ま、これからよろしくねっ!」

「……よろしく〜」


 千夏はちょっと後ろに引きながらも、短めに挨拶を返した。

 それでも少年──詩星はまだまだ止まらず、元気に問いを続けていって、


「それでそれでっ。君の名前は?」

「……月崎千夏、です」


 その勢いに押されるまま、ついつい敬語になってしまいながらも、千夏は自分の名前を明かす。


「うん、了解っ。千夏だね、改めてよろしくよろしく〜っ」

「こちらこそ、よろしくね」


 そうしているうちに、千夏は段々とノリに慣れてきたようで、今度は動じずに挨拶を返した。

 そんな千夏を見て、嬉しそうに笑っている詩星。一方の白無はといえば、二人をジッと見据えている。


「……そろそろ、本題を話したい」

「あ、そうだったそうだったっ! すっごーく大事な本題っ!」


 詩星はポンと手を叩き、思い出したように声を上げた。

 千夏も今更ハッとして、ずっと階段付近にいたことに気がつく。この少年に振り回されていた、と、やっと気がついた。

 一方、詩星は切り替えるのも勢いが良いのか、すぐに体を動かし始める。


「それじゃ、テーブルに移動しようっ!……って思ったけども、相変わらずすごーく散らかってるなあ」


 勢いをつけたまま椅子へと歩き始めたところで、彼は腕を組みながらそう言った。破天荒に見える少年だが、そういう感覚はちゃんとあるらしい。

 逆に白無には、この散らかり様を恥じる感覚はちっともないらしい。詩星に言われても全く気にせずに、部屋の中を真っ先に進んで行く。


「片付けてる暇はないから……適当に進んで、適当に座ってくれればいい」


 そのまま真っ先に、白無は椅子へと腰掛ける。そうして残りの二人を見やりながら、淡々と告げた。


「暇がないんなら、後で片付ける? 手伝うからさっ?」

「……できない約束は、しない」


 正直すぎて逆に感心する彼女の態度を受け、詩星はかるーく息を吐いた。


「え〜、しょうがないなあ……絶対に、後で片付けるからねっ」


 行動に移せば動ける奴、とでもいうべきか。ぴょんぴょんと部屋を歩いていく彼を、千夏は唖然として見ていた。


 一番最後に二人を追っていく彼女は、一番鈍臭い足取りであった。普通の人間なんだからしょうがないでしょ! などと、千夏は内心で叫んでいた。

 こんな日常が続くことになるのなら、体を鍛えないといけないのかもしれない。

 運動は好きだが、筋トレは辛い。そんなことを千夏は思ったりもして、かなりズレたことを心配し始めた。

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