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18.インターフェース・インタールード〈終〉

 それからすぐ、スクエアの事後処理班が、ゾロゾロとやってきた。凄く、物凄く手早い対応だった。朝方だというのに、凄まじい対応力である。


『後は任せておきなさいな』


 頼もしくそう言って、伊奈先生はシャーロットの身柄を引き取った。気絶して拘束されたまま、そこからさらに拘束されて、スクエアまで運ばれて行くらしい。

 そこからどうなるかは、シャーロット次第。性格的には抵抗するだろうし、言う事も聞きやしないだろう。けれども死なせもしないのだと、そういう話だった。


 ──『殺させない』のは、『スクエア』の意志だった。


『組織まるごと、ぬるすぎるだろう』


 呆れたように、深綠はそうこぼしていた。怒りはもう収まった様子で、呆れるフェーズに突入していた。いや、怒りがとうに過ぎ去って行って、呆れに変わったというべきだろうか。


『私は色々と、訳わかんなくなったよ。アイツが言ってた、〈殺し屋なら殺していい〉。私が行ってきた、〈極悪人なら殺していい〉。……それって結局、同じ穴のむじななんじゃないかって。実際そうだろ? んで、殺し屋殺しのバカみたいな主張に、ちょっとだけ共感しちまった。……少しゆっくり、考える時間が欲しいもんだ』


 どこか遠くを見ながら、有栖の方はそう言っていた。深綠に協力をしながらも、何もできなかったことを悔いてもいた。

 色々とせわしなく事が進み、千夏もバタバタと動かされていた。忙しそうな周りの職員を見ていたら、自分も忙しなく動く気になった。


 だから、白無と駄弁る暇などは、全くないと言ってよかった。

 故に、呼び方のことなんて、ちっとも聞けやしなかった。

 

 ▽

 

 あれからの千夏たちは、スクエア内部へと訪れていた。

 気を失わない状態で入るのは初めてだった千夏だが、出て行った時と同じ、セキュリティがやたらと厳重、という、少々大雑把な感想を抱いた。顔認証の門を潜って、その後も何度か入り口があって、厳重な認証をさせられた。千夏の知識では、やはり表現し切ることは難しい。

 最も、此処が国家機密の情報機関だと考えれば、当たり前のことではあるのだが。


 千夏は白無以外とは途中で別れ、今は二人で、とある部屋の一室にいる。

 テーブル一つに、椅子が二つ。棚は空っぽ。空き部屋とも呼べそうな、かなり殺風景な部屋。その場所で二人は向かい合って、テーブル傍の椅子に腰掛けていた。


 そんな状況で、千夏は何気なく会話を始める。


「この部屋は、何用の部屋なの? 鍵がかかっていたけども、重要な場所?」

「一応、私のスクエアでの自室。……碌に、使用していないけれど」

「ああ、なーるほど」


 過不足なき白無の答えに、千夏は彼女らしいな、と納得した。

 よって、すぐにその会話は区切りがつく。


「他の皆は、どこに行ったのかな?」

「蒼伊と詩星は、二人で先生の手伝いに。有栖と深綠は……スクエアの職員と、これからについて相談をしに」

「そっかあ。……有栖たちについても、これでひと安心かな」


 またまた過不足なき白無の答えに、千夏はすんなりと安堵した。

 よって、すぐにこの会話にも区切りがつく。

 けれども千夏にとっては、これらの話題は前置きのようなモノのつもりである。確かに大事な確認ではあったが、確認できればそれで良かった。


 ──彼女が本当に問いかけてみたいのは、全く別の話であった。


「ねえ、白無」


 思い立ったが吉日、早速千夏は問いかけた。


「……何、千夏」

「げっほい!」


 極普通に返ってきた白無の台詞に、千夏は奇怪な鳴き声を放つ。


「何、じゃなくて。名前っ。名前呼びのことっ! 一体、いつの間にどういった心境の変化をっ!?」


 少し間が空いて、椅子から立ち上がりそうなくらいの勢いで前のめりになって、やっとこさ本題を告げられた。

 けれども白無の方は、無表情で淡々としていた。


「別に。千夏がしつこいので、こちらの方が効率的だと考えた。……つまりは、諦めたということ」

「あくまで護衛対象だから〜とか、言ってたのに〜」

「そう。あくまで護衛対象。線引きは大事。……それは、変わらない」


 嘆くような千夏に、白無は淡々と抑揚なく答える。それが、千夏はちょっとだけ気に入らない。


「また、ずっと無表情だし〜。シャーロット相手には、笑ってたのにっ。笑ってる顔、初めて見たのにっ」

「あれは……どっちかというと、千夏に向けて笑っていた」 


 少しだけ考えた後、白無は本心を答えた。本当はそうなのだと、伝えた。

 しかし。見てくれだけではわからないことは、本人にしかわからない。見てくれしか見られない相手には伝わらない。


「嘘を言うのはやめなよ〜。どう見てもシャーロットの方に顔が向いてたじゃんっ」


 千夏の訴えに、今度は白無がムッとした。顔には出なかったが、空気があからさまにそうなった。


「……なら、いい」


 短く答えて、彼女は話を終えようとする。


「これからも、私は千夏を護衛する。……それでいい」


 そして、自分なりに納得したように、独り言のように宣言した。

 そう言われると、千夏は素直に引き下がる。──ふと、もう一つ言いたかったことを、思い切って切り出してみる。


「……あのさ。そのことなんだけど、さ」

「……何、千夏」


 その呼び方にもちょっとだけ慣れてきて、千夏は続ける。


「──私、スクエアに入りたい」

「──!?」


 その突然の宣言に、白無は目を見開いた。今度はかなり、無表情を崩した。

 彼女の表情に気を取られることもなく、千夏はさらに続けていく。


「これは、すっごい本気だよ。殺し屋に狙われるPSIサイを持ってるんなら、そもそも追う側狙う側になればいいなって、そう思った」

「……」


 しみじみと、思い描くように千夏は語る。


「それにね。白無と一緒に、『殺されない、殺させない』を実行していきたいなって、そうも思ったんだ」

「……千夏」


 それを最後まで聞いた白無は、ポツリと一言、名前をこぼした。

 千夏の話をしっかりと聞いて、何か考えているようだった。

 それから白無は考え続けて、意見を言うように口を開く。


「……確かにそれなら、そもそも線引きがなくなる。ので、『千夏』呼びももっと自然になる。と、思う」

「まず、気にするところがそこなのっ?」


 真剣な口調で言われたどうでもいい内容に、千夏は思い切りよく突っ込んだ。

 いや、別方面で大事な話ではあり、どうでもいいとまでは千夏も言わない。が、今ここで、この流れでする返しではなかった。


 が、それはもしかすると。白無なりのジョークであったのだろう。そのジョークもどきは、まだ続く。


「まあ、うん。……けれど現場に出る場合、コードネームが必要になると思う。ので、本名を呼ぶ機会は少なくなる可能性が高い。と、思う」

「あっ、確かにっ。って、いやいや、それは別に問題じゃないけどもねっ?」


 千夏はついつい納得しかけて、その後ブンブンと手を振ってみせる。それと同時に、ノリツッコミのような台詞を放った。

 その反応で白無も満足したのか、彼女はすぐに本題に戻る。


「そもそも、手続きがすごく難しい。普通のこういう機関とは違って、難関の試験などは要求されないけれど……第一に、千夏の年齢だと、保護者の許可が必要。保護者に、今までの事情を話さなければいけない」


 真面目な意見を、冷静に告げた。


「あっ。忘れてた上に、滅茶苦茶当然のことだ〜……! 私、高校二年生だ……! 夏休み中だし、期間中の課題は未だに手付かず……!」


 素直にハッとした顔をして、千夏は嘆く。現実的な話から連鎖して、大事なことを色々と思い出した。

 学生として、勉学や課題というものはかなり大事なもので。つまりはそれは、致命的な忘れ事だった。


「課題……この状況でどうしよっかなあ。なんか、違反にならないレベルで、手伝ってくれる人とかさ。白無は、学校の勉強とかは……」


 千夏はちょっとばかり焦りを感じて、白無にまで助けを求めてしまうが、


「残念だとは思うけれど、全くできない。と、自覚している」


 白無が返したのは、予想通りの答えであった。

 けれども、千夏は年頃の高校生。勉学を嫌がるが故に、諦め悪く問い続けてみる。


「うーんん。例えば、数学とかさ。複素数とか、どう? わかるかな?」

「……元素? の仲間だと推測すると……それは科目が違うと思う」


 その答えに、千夏は絶句した。でも、まだ諦めが悪かった。


「……じゃ、じゃあ、地理とかさ。職業柄詳しいとか、ない? 都道府県と県庁所在地くらいなら、どう?」

「県庁所在地……とは、なんだっただろうか……?」

「……ぐ、ぐぐ」


 二つ目の答えに、千夏はまたもや絶句した。それは悪い意味で、千夏の想像を遥かに超えていた。元素がわかるのに県庁所在地がわからないとは、これいかに。

 それでもまだまだ諦め悪く、これで最後だと、もう一つの教科を試みる。


「なら、英語! 英語はどう? まず『英語』ってわかるっ?」


 側から聞けば馬鹿にしているようにしか聞こえない、滅茶苦茶失礼な問いかけをした。


「……それなら、できる。現地人レベルの会話なら、十分可能」

「──お、おお! っしゃあ!」


 最後の答えに、千夏は思いっきりガッツポーズをしてしまった。ぶっちゃけると、英語が一番苦手だったのだ。馬鹿は自分の方であったと、心の中で謝っておく。


「うん、そうだよねえ。情報機関所属っていう職業柄、世界中で使用者が多い英語は喋れないとってことだよね」


 すっかり上機嫌になって、安堵した様子で千夏は言う。なんとも図太いことに、手伝ってもらうことを確定事項にしていた。


「……その通り。それと、私は『生かし屋』だから、交渉が大切。なので、九ヶ国語は習得している。……シャーロットが知らない言語しか喋らなかったら、多分、もっと悲惨なことになっていた」

「そう考えると、日本語で喋ってくれてたのって、私からしても有り難いのか……いやまあ、襲ってきた時点で、ちっとも有り難くはないけどね?」


 白無の説明に納得をしながら、一人でボケとツッコミを続ける千夏。

 それからまだ、彼女は白無へ問いかける。


「というか、九ヶ国語もよく覚えたね。先生とかに、教えて貰ったの?」

「その通り。……生かし屋になると決めてから、色々と習うことになった」

「習うって、戦闘の修行とかも?」

「うん。……スクエアの者は、かなり強いから」

「へえ……」


 興味深そうに、千夏は声をこぼした。自分も強くなりたいと、少しずつ思い始めてもいたからだ。

 そんな千夏を、白無は静かにチラリと見やる。


「まあ。課題を手伝うつもりはないので、この話はあまり関係がない」

「ええ〜っ。そんなあ……!」


 無慈悲だが当然な白無の拒否に、千夏は大きく嘆きをこぼした。情けない話だが、学生としては死活問題であった。

 すると、流石に千夏を見かねたのか、白無は自分から提案をしてくれる。


「……スクエアに入るとしたら、また今度。スクエア側の都合もあるので、多分しばらくは先になる。その間に、課題を済ませておけばいい」

「くう〜……でも、しょうがないもんね」


 悔しくも納得したように、千夏は言った。

 そして白無は、自分なりの方法でフォローを続ける。


「大丈夫。課題については、断固として手伝う気はないけれど……スクエアに入る方の話なら、協力はちゃんとする」

「え? やったあっ。そっちでも勿論嬉しいよ〜。その時が来たら、色々と頼むねっ」

「……了解した」


 続けて会話を交わし合えば、それらの話題はここで終わった。

 白無の了承を貰った千夏は、とっても嬉しい気分であった。

 お互いに、出会えた。そしてまた、会うことができる。次があるのだから、と。千夏は全く、焦ってなどはいなかった。

 焦らずに、話を次に持ち越して、新たな話題を切り出してみる。ずっと聞きたかったことを、恐る恐ると口に出す。


「嫌なら、答えなくていいからさ。ちょっと、聞いてみたいんだけれど」

「……何、千夏。多分、大体答えられる。と、思う」


 その千夏の前置きに、白無は名を呼んで頷いた。なんだか安心感のある、いつも通りの反応だった。


「ありがと」


 短く礼を告げながら、千夏は本題を話し出す。


「ええっと、白無ってさ──昔の記憶がない、って言ってたよね?」

「……うん。言っていた」


 白無も。短く肯定する。

 変わらぬ様子に安心して、千夏は続ける。


「なら、さ」

「……」

「記憶がある頃からは、幸せに過ごせてる? 幸せな記憶、結構ある?」


 過去について、詮索するつもりは碌にない。これ以上聞くつもりも、全くない。けれどそれだけが気になって、千夏は問いを告げたのだ。


「……──」


 沈黙の後に、白無は言う。


「……ある。とってもある」


 繰り返して強調するように、今の思いを彼女は答える。

 問いに対して短過ぎる返答なのに、千夏にとってはすごく嬉しい、そんな言葉だった。

 彼女は嬉しさ故の息を吐いて、頬杖をつきながら話を続ける。


「そっか。……よかったあ。なんか、それがちょっと気になっちゃってたんだ。お節介だけどさ。私の護衛ばっかしてたって聞くし、幸せに過ごせていたのかなあって、ちょっと心配をしてたかも」

「記憶についてなら、全く心配いらないと……先日そう言った覚えがある」


 忘れているのか? と言うように、首を傾げる無表情の白無。そういうところはまだまだ最初の印象のままだと、千夏はちょっとだけ可笑しく思った。


「言われても、ちょっとは心配しちゃうんだよ」

「……そういうもの、なのか」

「少なくとも私としては、そういうものだよ」

「ならば……うん。覚えておこうと、そう思う」

「そうそう。覚えといてね」


 ちょっと可笑しそうに笑ったままで、千夏は白無に言い返す。

 解せないとでもいうような顔をしていた白無だったが、すぐに『まあいいか』と表情を戻した。

 そして彼女は自分から、何かを語ろうと口を動かす。


「私は……幸せというものは、よくわからなかった」

「……」


 その呟きを、千夏は静かに聞いている。


「でも、『生かし屋』を始めて。先代から、『デスキラー』を受け継いだ時、自分しかいないと、確かにそう思った」

「……」


 噛み締めるように、白無は一旦息を吐く。


「今なら、きちんとわかる。『デスキラー』の生き方は、最初から私に馴染んでいた。昔から、決めたルールで好きに生きて、それは十分、幸せだったと思う」

「……」


 そこまで呟いた白無は、やはり変わらぬ無表情のまま、千夏の顔をじっと見てきた。

 先程よりさらに通る声で、白無は言う。


「そのことを気付けたのは、千夏のお陰でもある。それに……千夏に見つかって、話すようになって、幸せというものが少しわかった。昔から幸せだったのだと、今になって気がつくことができた。……そんな気がする」


 それは、呟きなんてものじゃなく、千夏に届く澄んだ声だった。

 だから千夏は、しっかりとそれを耳に入れる。


「……そっか。そっかあ……うんうん。物騒な名前に見えるけど、白無に合った良い職業だよね」


 噛み締めるように、独り言のように呟く千夏。自分だけが影響を受けていたわけじゃないのだと、影響を与えられていたのだと、それをなんだか嬉しく思った。

 やがて彼女は、にへらと笑った。


「えへへ〜」


 嬉しそうに、笑いと共に声を出す。

 それを、白無は怪訝な顔で見てきた。


「……また、変な顔をしている」

「えへへ〜……って、それは口癖か何かなの?」


 いつもの如く、三回目くらいになるその指摘に、千夏は思わず突っ込んでしまった。そこで、白無曰く『変な顔』なるものは途絶えた。

 そして二人は、少しだけ静かになった。

 


 ふと、互いに顔を見合わせた。


 ──思わずお互い、笑っていた。

 ──どちらも自然な表情で、笑い合った。



「これからもよろしくね、白無」

「こちらこそ。──千夏」


 ▽


 貴方は、『生かし屋』なるものをご存知だろうか?

 勿論一回も、その単語自体を聞いたことはないだろう。それはきっと、大多数に当てはまることだ。


 会ったことだって勿論ないだろう。それこそきっと、大多数に当てはまることだ。

 けれども、何かと言われれば、言葉から大体の想像はつくだろう。それもきっと、大多数に当てはまることだ。


 彼女だってずっとずっと、その大多数に所属していた。平穏無事に、日常と呼べるものを過ごしてきた。


 だけれども、今の彼女はもう、その大多数に属してはいなかった。

 彼女はずっと──ずっと、『それ』に護られていたのだと、やっと知ることができたのだから。

 互いに見つけて、出会って、『これからもよろしく』と交わし合う──そういう物語に巡り会ったのだから。


 これから、千夏の新たな日常が、始まっていく。

 誰に狙われようが、護ることになろうが、貫くべきことは互いに一つ。


 ──『殺されないし、殺させない』。そういうルールを掲げていく。

 ──『殺されない、殺させない』。

 ──その者を、『デスキラー』と呼ぶらしい。


  

 [ノーデス・ノーキル・デスキラー][終]  

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!

小説賞に応募した時のもののうちの一つなので、この物語はここ(1巻分くらい)で一区切り、終わりとなります。

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