15.ワンデイ・ワンバトル〈2〉
やがて、食事の時間が終わりを迎えた。白無にも手伝ってもらって、食事の後片付けもしっかりと終えた。
その後二人は、地下の部屋へと戻ってきていた。
それから、次にすることは……などと考える前に、千夏に眠気が襲ってくる。壁の時計を見てみれば、かなり遅い時刻であった。
「ふわああ……」
口に手を当てて、かなり大きめの欠伸をしてしまう。
「うーん……流石に眠いや……」
椅子に座って背伸びをしながら、千夏は続けて声をこぼした。
「……どうせ一泊するつもりなら、寝ておけばいい、と思う。私が見張っておくから、心配はいらない」
一方、全く眠くない様子の白無は、いつもの調子でそう答える。
「そっかあ……」
千夏はお言葉に甘えることにして、そろそろ寝ようと思うのだが、
「あ……どこで寝ればいいかな……? 布団とか、どこにある? ふわあ……」
寝る場所が特に思い当たらず、再びの欠伸と共に問いかける。
すると、白無は首を振った。横に、振ったのである。
「……ない」
「へ?」
「……だから、ない」
「ほへ?」
二回も、千夏は問いを返してしまった。
白無はまた、首を振って答えた。横に振って、否定を示した。
「──俗に言う『寝る場所』は、この家の中には存在しない。上の階にも、ベッドも布団もない」
「……はい?」
千夏はまた、同じような反応を返した。
けれどもそれは問いというより、驚愕に近かった。
眠気が吹き飛びそうな気持ちで、千夏は疑問を問い始める。
「じゃ、じゃあ……白無はいっつもどこで寝てるの? ここが家でしょ?」
「ここが家なのは、その通り。……どこでと言われれば、特に決まりはない」
「……?」
白無の言っている意味がわからず、千夏は頭にハテナを浮かべる。ホテルで寝ているが特定のホテルが定まってはいないとか、そういう話なのだろうか? などと無理矢理に推測もしてみる。
対する白無は、予想外の答えを続ける。
「ゴミ山をどかして、適当に場所を作って、そこでそのまま寝ている。ので、寝る場所は毎回変わる」
「ええ……」
そして千夏が返したのは、呆れやら驚きやら戸惑いやら、そういう部類のものが混じった声だった。
やがて千夏は、呆れて驚いて戸惑った末に、一つ思ったことがある。
「ご飯事情と合わせて、思わずにはいられなかったんだけどもさ……白無、生活が不健康すぎない?」
心配する気持ちを乗せて、千夏は問いを投げかけた。
「生活能力がないとは……自覚している。言われた記憶もある。が、そういうことに興味はない」
何が問題なのか、白無はあまり理解していないようだ。
「いや……それ以前に、健康的に良くないと思うんだけれど……」
「健康は、あまり気にしていない。任務に支障がなければ、それでいい。と、思う」
そう答える白無は、驚くほど健康に無頓着であった。
オシャレとか化粧とか、そういうものがいらないと言われたのならまだわかる。白無には、確かに必要ないからだ。が、健康というものは、もう少し気にしてもいいもんじゃないのか。ずっと驚いている感情のまま、千夏はそう思った。
しかも、泊まるつもりの千夏としても、この状況ではとても寝られなかった。
完全に眠気を振り払い、なんとかしようと思い立った。
まずは、白無をその気にさせる。そのため、提案をしてみることとする。
「寝る場所……一緒に作ってみない? 即席でいいから、ちょっとはこう、さ」
「……」
その声で、千夏の心配は伝わったのだろう。
「……了解した」
そう長くない沈黙の後、白無は提案に乗ってくれた。
▽
時刻はもう、零時を過ぎた。数時間くらい、二人は『寝る場所作り』と題して、実質のところ『掃除』をしていた。
地下室にあるゴミ山の九割九分くらいが、綺麗さっぱりと無くなった。代わりに、大量のゴミ袋が出来上がった。ゴミ山の中にあったが必要らしい物は、それぞれ別々の位置に整頓されていた。
「ふう……これで、いい感じだね」
ゴミ袋を隅にまとめながら、晴れやかな笑顔で千夏は言う。
「後はこのゴミ袋を、ゴミ置き場に持っていけばいいだけだね。近くのゴミ集積所に行って……早速、明日からにでもやっちゃおう」
最早眠気など微塵もない笑顔で、彼女は言い続けた。その上機嫌のまま、白無へと問いかける。
「この辺りのゴミ集積所って、どこら辺かな?」
「まず……ゴミ集積所の場所など、知らない」
すっきりした部屋の中、逆に落ち着かない様子で椅子に座っている白無は、堂々とそう答えた。
「ええ? じゃあ、今までどこに出してたの?」
「出したことがない。余計な物を持ったままで、かなり時間をロスする。それが危ないと思う。……ので、このゴミ山」
「えええ……いやまあ、ゴミ山の経緯としては、納得ではあるけれども。それなら、場所を調べるところからかあ……」
上機嫌は大分消えさっていたが、千夏はなんとか考えを続ける。
そんな様子の千夏を見て、今度は白無が切り出した。
「……ところで。『場所』はできたと思うけれど……これは、貴方の言う『寝る場所』ではないように思う」
「──あ」
そこで千夏は、ポン、と音を出して手を叩く。数時間に渡る掃除で忘れかけていたことを、やっと思い出した。
「そうだ。毛布だ」
敷き布団も掛け布団も必要なのだと、千夏は呟く。まずは辺りを見回して、それらが見当たらずに白無を見やる。
「毛布とかも……もしかしてない?」
「……勿論、ない」
「ぐぐう……」
嫌な予感が的中して、千夏は謎の呻き声を発した。空いた場所が出来たとはいえ、そこにゴロリと横になるだけでは、千夏としては眠れそうにない。
「そうだっ。布とかどう? ある?」
名案だとでもいうように、パッと顔を上げて千夏は問う。
「着替えの布なら……あると記憶している」
「それだっ。そうしようっ」
答えた白無の方を指さして、千夏は乗り気で動き始めた。
衣類を布団がわりにするというのは、やはり多少は無理があるだろう。しかしそれでも十分だと、妥協し切って納得していた。
そうして見つかったのは、『必要な物』として『衣類を置く位置』に残っていた、あのオンボロマントである。オンボロと形容したとおりに、一着を使い続けていると思っていたが、どうやら違う可能性が高い。
「なんでこのマントが、こんな何着も……」
「それは勿論……着替えているから」
千夏の疑問に、当たり前のように答える白無。そういう問題ではないと、千夏は思わず突っ込みたくなった。
「……オンボロマントなのに? ていうか、他の服の着替えは? 今、下に来てる服とかの着替えは? 上階にある洗濯機、ちゃんと使ってる?」
そして結局、滅茶苦茶にツッコミを繰り出してしまった。
けれども白無は、殆どわかっていない様子。
「……質問が、多いと感じる」
「そりゃあ、気になることだらけだからねっ」
千夏が正直にそう言えば、考える仕草をし始める白無。なんとか質問に答えようと、そう思ってくれたらしい。
それからしばらくして、白無は考えが纏まったようだ。静かな口調で、長い答えを告げ始める。
「まずは、一つ目に答える。このマントが襤褸マントであることは、理解している。けれど、使い心地が良いと感じる。ので、複数所持して、それを順番に使っている」
「……なるほど」
一応は納得できるものだと、千夏は相槌を打った。
「次に、二つ目に答える。他の服については、今着ているものだけだと把握している。つまり、着替えはないということが言える」
「……えええ……」
次いで、いきなり衝撃の答えを浴びて、千夏は呆れる声をこぼした。
「そして、三つ目に答える。二つ目に答えた通り、着替えはないと言える」
「まあ、そうなるね……」
三つ目の答えにも、死んだ目のまま呟く千夏。
「最後に、四つ目に答える。上階の洗濯機は、使っている。マントにも下の服にも、両方に使っている。しかし、使い方がよくわからないため、なんとなくで使ってしまってもいる。──以上が、私の返答になる」
「……あ、ありがとう」
最後まで聞き終えて礼を言う千夏は、苦笑いの表情をしていた。
「……どういたしまして」
やり遂げたとでも言うように、そんな台詞を告げる白無。何が問題か、やはりわかっていないらしい。
なので、もういいや、と。ここまで来れば個人の勝手な趣味だと、千夏はそう思って諦めた。
夜も遅くなりすぎて、いい加減眠気がぶり返してきたせいでもある。
と、いうわけで。早速寝る準備に移りたい。
千夏は四着のオンボロマントを取り出して、その二着分を白無へと渡す。
「とりあえず……そのマントを敷き布団と掛け布団にして、寝よう。一着が敷き布団、もう一着が掛け布団、って感じで」
「……了解した」
白無は素直にマントを受け取り、準備を始めたようだった。
掃除により空いたスペースに、二着分のマントが敷かれる。その上に一人ずつが寝て、敷き布団としてマントを掛ける、という流れだ。
その結果、確かに少々の違和感は残るが、床に直接寝るよりは遥かにマシである、と千夏は感じた。
互いに隣り合って向かい合う並びで、地下室の床へと寝転がる二人。
白無もマントの上に横たわり、感触を確かめるように動いている。
「……かなり寝やすい。そう感じる」
「おお。それなら良かったあ……」
白無の感想に安心し、千夏は安堵の声をこぼした。眠気が襲ってきている故に、ちょっとだけぽやっとした声になった。
準備もできたことだし、いい加減、そろそろ眠りに着こうかと思う。
そうして最後に、千夏は向かいの白無を見た。
「おやすみ」
「……おやすみ」
ぽやっとした千夏の声に、淡々とした白無の声が返ってくる。
白無は寝れるだろうか、そもそも寝る気だろうか、なんて思いで心配もしつつ、千夏は眠気に逆らえない。布団に多少の違和感があっても、眠気の方が勝っていく。
ごく自然に目を閉じて──そのまま彼女は、眠りについた。




