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14.ワンデイ・ワンバトル〈1〉

 千夏の知識では表現しきれないが、セキュリティの凄そうな出口だった。門の外に出るまで、かなりドキドキさせられた。


 スクエアを去ったその後は、そのまま家に帰ることとなる。


 家まで遠いから、などという理由で、千夏はまたもや抱えられた。しかもまた、屋根の上まで飛び上がった。そのまま白無は、すっごい速さで進んで行った。まるで忍者のようだと、千夏は少しだけそう思った。すっかり夜になった空の下、白無は静かな足取りで飛んでいた。


 それから二人は、白無の家へと戻ってきた。白無を先頭にして、まずはリビングへと足を踏み入れた。

 そのリビングの有り様は──綺麗だった。家具は全て新品のような状態で定位置にあるし、床に散らばった破片なども、一つも無くなっていた。


「……へ?」


 故に、千夏は驚いた。ポカンとした。


「ど、どうなってるの? なんでこんなに綺麗にっ?」


 狐につままれた気分で、彼女は白無へ問いかける。


「スクエアによる、事後処理」


 返ってきたのは、単純明快な答えであった。先に台所の方へと向かいながら、白無は続ける。


「だから多分……ガラスはまだ割れたまま」

「あ。ホントだ……すっごい割れてる……」


 千夏がカーテンを捲ってみれば、確かにその窓ガラスは、綺麗に割れたままだった。


「手際がいいなあ……」


 遅れて白無を追いながらも、千夏は感心して呟く。

 台所の、床下の扉に手を掛けながら、白無は続ける。


「……いつものこと。(おおやけ)になると、スクエアとしても困るから。……先生の人払いは、その用途でとても役立つ」

「ああ、そういうのもあるのかあ……」


 色々大変なことだ、と、どこか他人事に感じながらも、再び千夏は感心した。国家機密という肩書きは伊達じゃない、ということなのだろう。

 そうして床下の扉が開けば、その中には階段が続いている。そこに、白無を先頭にして入って行く。その先を、二人して進んでいく。


 セーフハウスは、相変わらず散らかっていた。けれども見慣れた光景でもあり、ある意味落ち着くと千夏は思った。

 二人ともが、定位置の椅子に腰掛ける。

 そこで千夏はふとしたように、にへらっとした笑みを浮かべる。その様子のままで、話を切り出す。


「というかさ。……ふへへ」

「……何」


 いきなりどうしたのか、などと訝しむように、白無は返す。


「ふへへ〜」

「……何。変な笑いをしている」


 それでも続くフニャッとした笑みに、白無は言葉を付け加えた。

 そこでやっと、千夏は答え出す。


「いやあ……私が自宅に帰らないでいること、許可してくれたんだなあって。こうして、またセーフハウスに入れてくれたんだしさ。白無のおルビうちで一泊しても、泊まって行ってもいいんだよね?」


 頭を掻きながら、嬉しそうな笑みのまま、そんなことを述べた。

 対して白無は、目を逸らす。そっぽを向く。


「…………別に、快く許可をしたわけではない。帰りたくない貴方を帰らせると、何をしでかすか不確定。それが貴方だと思うから。こちらの方がまだ危険が少ないと、消去法でそう判断しただけ」


 言い訳のようなものを、白無はつらつらと述べた。少なくとも千夏には、言い訳や照れ隠しみたいに聞こえた。

「……そっかあ」


 よって、千夏は嬉しそうに、そう呟いた。彼女には、言い訳は通用しなかった。


「…………顔、変だと思う」


 白無の台詞は、容赦がない。が、負け惜しみみたいなものでもある。故に結局、千夏には通用しなかった。


「好きに言うがいい〜」


 最早無敵の状態で、千夏はのほほんと言い返した。

 何の勝負かは知らないが、白無の負けであった。

 

 ▽

 

 セーフハウス、地下室の中。椅子に座りながら、千夏は話し出す。


「そういえば、夜ご飯どうする? よく考えたら、昼食を食べてないよねえ。あ、気づいたらお腹空いてきた……」


 お腹をさする仕草を加えて、彼女は問うた。


「……カップ麺がゴミ山の中にある。と記憶している」

「自分でゴミ山の自覚があるんだ……って、カップ麺っ!?」


 白無の返答に、千夏は二回も驚いた。ゴミ山の自覚があるのは寧ろ良いことだが、カップ麺はどうかと思った。


「活動量に対して量が少ないし、栄養偏るよ? 作ったりしないの?」

「……私は、家事能力が皆無に等しい」


 目を逸らさずに、堂々と淡々と、白無は答えた。


「……そうだった。白無、ゴミ山の住人だった」


 悲しいことだが、千夏は納得させられた。白無はそうであろうと、予想していなかったのがおかしかったとすら思えてきた。

 よって千夏は、二人分の夜ご飯を、作ってみせることにした。


「二人分、私がご飯を作るからっ。大丈夫、こう見えて東京に来てからは一人暮らしなんだ。一年と数ヶ月、一人暮らしを続けてる。ちなみに、得意料理はオムライスっ。材料さえあれば、是非ともオムライスを作らせてほしいな」


 胸を張って頼もしげに、千夏は言った。けれども、白無は言う。


「……それは知ってる。けれど、問題が一つある」

「うん? 何の問題が? 材料のことなら、別に大丈夫。オムライスじゃなくても、レパートリーはあるよ?」


 きょとんとして、千夏は問う。


「カップ麺と飲料以外の食料が……この家にはない。調味料も、肉も、野菜もない。後、冷凍食品も、レトルト食品も、ない。そう、記憶している」

「…………へ?」


 その答えは流石に予想外であり、千夏はしばしの無言の後、素っ頓狂な声を上げた。

 

 ▽

 

 二人して、ゴミ山を漁ってみた。上階のリビングの台所も、そこにある冷蔵庫も、一応確かめてみた。

 やはり、白無の明かした通りである。カップ麺と飲料以外の食料は、調味料すらも、誇張なしで何もなかった。冷蔵庫は、ただのそれっぽい『見せかけ』だった。

 けれど、包丁とかボウルとかまな板とか、そういう部類の物は何故かあった。


「なんで……調理器具があるんだろう?」


 地下に戻って椅子に座って、千夏はそんな疑問をこぼす。

 向かい側の白無は、それらの調理器具を集めて持ってきて、テーブルに置いていた。


「昔、詩星が単独で活動していた頃、たまに料理を作りに来てくれた。蒼伊と組むようになって、忙しくなったらしい。……それの名残り」


 思い返すように、彼女は答えを語った。


「詩星、料理できるんだ……」

「彼、家事能力が高い。……後、料理が上手い」

「……ほへえ。そう言えば、チーズハンバーグが好きなんだっけ? 作ったりもするのかな?」

「うん。……彼のチーズハンバーグは、かなり美味しかった記憶がある」

「へえ……」


 白無の語った話が、千夏はちょっとだけ意外だった。失礼ながら、家事能力が特別高いタイプではないと思っていたのだ。

 そして、千夏は深ーく反省した。人を見かけで判断してはいけないと、そう思った。


 次いで彼女は、椅子からババっと立ち上がる。


「では──食材を買いに行こう! 前にも言った通り、オムライスの食材を!」


 その意思は固く、白無に向けてそれを提案した。


「……危険なのでは」

「一度戦闘が起こった場所なんだし、ここにいる方が危険かもしれないじゃんっ。後、単純に栄養が心配だし」

「……まあ、確かに」


 その意見に、白無は納得しかけている様子。

 それを好機とみた千夏は、押し切ってみることにした。


「買いに行こう。ねっ?」

「………………わかった」


 そして、長考の末、白無は短く頷いた。


 ▽


 夜の買い出しは、『大雑把に見れば』何事もなく、終えることができた。

 寄ったのは、近場のスーパー。買ったのは、調味料やら卵やら野菜やら、つまりちゃんとした『食材』である。千夏を主導として、予定しているメニューの材料を、二人分きっかりと買ったのだ。


 ちなみに、買い物の金は白無が払った。千夏が言い訳をさせてもらうのなら、『手持ちのお金が碌になかった』である。買い物は千夏が主導したのだから、白無には振り回されていたのだから、文句は言わせない。


 買い物の経験が碌にない白無はと言えば、店内での振る舞いが、自由奔放すぎたのだ。例えば、食い逃げをやりかけたり、マネキンの腕を可動域外に動かそうとしたり、ゲームセンターの『PSIサイは使用禁止のパンチングマシン』を壊しかけたり、結局は手加減して打ったのに最高記録を出したり、そのせいで滅茶苦茶注目を集めたり、陰でPSIサイを使ったのではないかなどと疑われたり──

 ここでは割愛させて貰うが、とにかく、相手に代金分払って貰ってもいいだろうと思うくらいには、色々と大変だったのだ。


 その後、そのまま二人は、白無の家へと帰ってきている。


 白無は珍しく、上階のリビングにいた。そこにあるテーブルの傍で、静かに椅子へと腰掛けていた。

 一方の千夏は、台所にいた。買ってきた食材で、調理を始めていた。地下室は台所がないため、ここでやるしかなかったのだ。どっと疲れた買い物であったが、食事のために体を動かした。


「はい、完成っ!」


 やがて完成した二人分の食事を、千夏はテーブルへと運んでいく。

 デミグラスのかかった大きなオムライス、加えて野菜スープという、所謂いわゆる洋食。それらがそれぞれ二品ずつ、テーブルの上へと並べられる。


 自分の分のその食事を、白無はじぃっと見つめていた。その間に千夏は、スプーンなどの食器も出しておく。

 白無はまだ、オムライスを見ている。


「……食べていい?」

「勿論。あ、二人で『いただきます』をしてからね」


 白無の向かいの椅子へと腰掛け、手を合わせる仕草をしながら、千夏は嬉しそうな表情で答えた。


「……了解した」


 対する白無は素直に返し、手を合わせる仕草を真似してみせる。

 そして、もう一度。二人して同時に手を合わせた。


「いただきますっ」

「……いただきます」


 千夏の声に、白無も続く。それぞれの『いただきます』が聞こえた後、食事の時間は始まっていく。

 二人が最初に口に入れたのは、メインメニューのオムライスであった。


「我ながら、結構美味しいかな。ま、得意料理だから流石にね。それで……白無の方は、味とかどう?」


 千夏は控えめな自賛をしながら、恐る恐るで白無に問う。


「…………美味しい」


 しばしの沈黙の後、白無は言った。単純な感想だが、単純明快な賞賛でもあった。

 なんだかとても嬉しくなってしまって、白無が言うところの『変な顔』になってしまう千夏。


「そ、そうかな?」

「うん。美味しい、とても。……食べ応えもある、と思う。得意料理というのにも、きちんと頷ける」


 さらにもう一度、白無は賞賛を告げた。しかも、有言実行とでもいうように、オムライスを食べ進める動きを止めなかった。

 決して、美味しそうに食べるわけではなかった。だが、白無を知っている人が見れば、美味しいのだろうと思わされるような。そういう、彼女らしい味わい方だった。


 よって、千夏はもっと、『変な顔』になった。


「えへへ〜」

「……変な顔をしている」

「わかってるよ〜」


 あまり変わらない白無の指摘も、逆に嬉しいものだった。

 オムライスも野菜スープも、いつもと同じ。いつもの千夏らしい、それなりの腕前、と言えるレベルの筈だった。それなり止まりの、筈だった。

 けれども何故だか、いつもよりもっと美味しく感じた。

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