12.アウェイクニング・アウェアネス〈2〉
シャーロット・スカーレットとは、極普通の一般家庭出身であり、現時点で十八歳の少女らしかった。
ヨーロッパの小国で生まれて、貧しくもなく、富豪でもなく、家庭不和もなく、一人っ子として育ってきた、そういう普通の少女。情報を見ればわかる通り、十分に恵まれている、幸せな少女。
八歳の時に両親を二人とも殺して、その後で行方不明となった──普通だった少女。
付近の地域ではやや有名な事件だが、動機も何もかもが不明。『ただ、誰か人を殺したくなったから』という動機が、都市伝説レベルで囁かれている。
蒼伊と詩星が語るには、そういう顛末の話らしかった。
「名前と外見から調べがついたのは、それらの情報くらいだ。が、十中八九で『殺し屋殺し』本人だろうと、スクエアではそういう扱いになっている」
一通り語り終えた蒼伊は、締めくくるようにそう告げる。
「……それで十分。礼を言う」
理解した、と示しながら、白無はペコリとして礼を返した。今の時点で調べられる情報としては、有り難いものだと千夏も思う。
蒼伊の隣で佇む詩星は、なんだか不機嫌そうな顔をしていた。
「両親に貰った素敵な本名〜、とか言ってたのに……なーんか騙された気分〜。俺の純情返せ〜って言いたいっ」
「いきなり何を言い出すかと思えば……はあ」
そこまで大した不満ではなかったようで、蒼伊は呆れた反応を示す。
その通りで、確かに大したことはない。が、気になると言えばそうでもある。
「でも、確かに……変ではあるよね。悪党の嘘って言われれば、多分それまでなんだろうけどさ」
詩星のフォローというわけではないが、千夏は正直に言ってみた。殺人事件だからというだけでなく、謎の不気味さを感じる気がした。
すると白無は、ポツリと一言。
「……嘘じゃない、と思う」
「へ? そうなの?」
「それらの言動と行動は、同時にあったとしても、成立はするから」
千夏に対して、白無は淡々と考えを述べた。しかし千夏は、よく、わからなかった。
成立しているから、それが理解できないから、自分は不気味に感じるのだろうか? そう、千夏は思考する。
「ホントに成立するの? 愛情の籠もったような言動と、それを言った相手を殺した、殺人事件が?」
「……することも、稀にある」
その確認に、白無はやはり頷いた。当たり前に存在しうる心理を告げるような、そんな雰囲気だった。
「……するんだ」
「……する」
そこまで頷かれれば、そうなのかもしれないと思えてきた。
わからないなりに、千夏はあくまで知識として、それを認識しておくことにした。
いつか千夏にも、わかる日が来るのだろうか。来なくても別にいいや、と、そう思う心理ではあった。
▽
詩星と蒼伊は、用事を終えて去って行った。千夏と白無は救護室内で、またもや二人きりとなった。騒がしさが消えて、シーンとするようでもあった。
「ねえ、白無」
ふと、何気なく、千夏は近くに語りかける。
「……何」
短くだが確かに、白無は聞き返した。なので千夏も、問いかけることにした。
「あの時──『千夏』って、呼んだよね?」
ずっと聞きたかったことを、問いかけてみた。薄れゆく意識の中で、ただ一つ聞こえた声について、確かめてみたかった。
「……覚えはない」
「ホントに?」
それだけでは、千夏は引き下がらなかった。
「…………本当に、ない」
そしてもう一度、白無は否定を返してきた。かなり長い沈黙の末の、彼女にしては迷った返答だった。
白無は嘘をついていると、彼女自身の態度が告げていた。
だから千夏は、まだまだ引き下がらなかった。
「ねえねえ、もう一回読んでみない? 千夏、ってさ」
「そもそも、呼んでいない。ので、却下する」
その否定にも、引き下がらなかった。
「うーん、そこをなんとかっ。もう一回だけっ」
「だから……そもそも、言っていない。『もう』一回では、決してない」
二回目の否定にも、引き下がりはしなかった。
「そこからなのっ? そこは認めようよっ」
「……事実として、認めない」
三回目の、やり取りだった。いつかの時のように、互いに意地を張っていた。つまりはずっと、平行線であった。
「一回だけ、認めてみようっ」
「……それは、ずっと認めるのと同じ」
「なら、ずっと認めてみようっ」
「……それこそ、却下する」
二人はその平行線を、飽きもせずに続けていた。
普通の少女っぽい、そういうやり取りだった。
▽
しばらく経って、再びミカがやって来た。救護室の中は、三人になった。
「うん。もう、全くもって問題はないですね。起き上がって大丈夫です」
軽い健診を済ませたミカは、朗らかな声でそう告げる。
彼女に言われた通りに、千夏は立ち上がってみることとした。一応は注意深く気をつけながら、ベッドからゆっくりと立ち上がる。
「うーん……快適だ」
ついそのまま伸びをして、千夏はそんな感想をこぼした。その様子を見て、ミカも安心した様子で続ける。
「ええ。起きても大丈夫そうですね」
「うん。あと、歩いても大丈夫」
千夏は周囲を適当に歩いてみせながら、ミカに向けてそう言った。
そうして再び少しの問診を済ませれば、後はもう自由にしていい、ということらしい。
「では、私はこれで」
用事を終えたミカは深くお辞儀をして、救護室から去っていく。千夏と白無はその彼女を、立ち上がった状態で見送った。
再び二人になった空間で、千夏は白無の方を向く。
「さて。これから、どうすればいいのかな?」
「貴方は……家に帰るのをお勧めする。安全は、保証する」
対する白無の返答は、相変わらずの内容である。千夏からすれば、クソ喰らえなお勧めだった。
「だから、『貴方』じゃないって……しかも、私を家に帰した後、自分たちの方はどうする気なのさ?」
「…………」
痛いところを突かれたように、白無は沈黙した。
「……まずは先生に会って、黒江を受け取るつもり」
やがて彼女は往生際悪く、情報を小出しにして言った。
しかし、今はそれで良いと、千夏は思っておく。まずはその情報から、色々聞いていくことにした。
「先生は、前言ってた人だよね。……黒江って、何?」
「黒江は──私の、相棒」
「……へ?」
はて、相棒を受け取るとはどういう話か。黒江とは物だと想像していた千夏は、単純に驚いた。
が、白無は淡々と答えを続ける。
「愛用の、包丁」
「ああ、そういうお話……」
そして、千夏は納得の声をこぼした。愛刀を相棒と呼ぶ侍のように、かの愛包丁? を相棒と呼んでいるという、そういう話らしかった。
そんでもってさらに、先生に黒江を受け取るという、その内容についても納得した。
「ああ、そっか。先生は、白無のサポーターっぽい人なんだよね。人払いをしてくれるとか、戦闘後の処理とかもしてくれるんだっけ? 包丁──黒江の手入れとかも、その人がしてくれる感じ? そもそも人払いって、PSIによる能力か何か?」
「うん。今回の戦闘も途中から、先生が人払いのPSIを使ってくれていた。後、現場の処理も先生が主導」
次いで白無が語るのは、気絶していた千夏としては、中々に初耳な話であった。
初耳であると同時に、とても有難い役割の人なのだと、そう実感した。
「なんか……その先生に感謝すること、いっぱいあるなあ。会ったことないけどさ」
しみじみとして、千夏は言葉をこぼす。そして、千夏がそう思うのなら、白無にも感謝はあるのだろう。
「私も……──感謝はしている」
いつもよりさらに小声で、白無は言った。
ここにいない者への礼──の、筈だった。
「おやあ? 君からのお礼なんて、生まれて初めて聞いたぞ〜っ?」
揶揄うような声が、白無の後ろから聞こえた。
白無の後ろには、黒髪ロング、青目、白衣の美女がいた。千夏の情報通りなら、その者が『先生』だと思えた。どこか誰かに似ている気もする、確かに若い見た目の美女だ。
「あ」
千夏が気がつくのとほぼ同時に、白無はバッと後ろを振り向く。
「──!」
何も言葉は発さず、ただ珍しく焦った様子で、白無は推定先生である女性を見た。
その女性は白無を見つめ返し、ニマニマと笑みを浮かべている。
「ほらあ? もう一回言ってみるか〜? 『私も、感謝はしている』、ってさ」
謎にクオリティの高い声真似をする女性は、またもや揶揄う声を発した。
そんなふうに揶揄ってしまうと、白無は余計に頑なになる。
「……言わない。決して」
「そうか? まあ、一回言ったんなら、いいことにしといてやるとするかねえ」
「……うん。それでいい。それがいい」
引き下がった女性に、白無は全力で乗っかっていく。小刻みに、何回か頷いた。
それらのやり取りを眺めて、ふと、千夏は思う。
「白無って……ちゃんと、子供っぽいところもあるんだなあ」
決して悪い意味は含まずに、何気ない本心を呟いだ。見た目相応、年相応の部分が見られて嬉しいと、そういう感情だった。
しかし、当の白無は、なぜか首を傾げている。
「子供……?」
「うん? 嫌だった?」
「私は……子供と言えるのか……?」
「……?」
彼女の問いに、千夏の方も首を傾げた。
てっきり子供扱いが嫌なのかと思っていたが、違う。『自分は子供なのか』という、純粋な疑問のようだった。
そんな、疑問だらけの会話を見かねて、再びあの女性が発言する。
「あ〜……この子、実際の年齢やら名前やらがわっかんないからねえ。本人も、記憶が全くないんだと」
「……え」
今度の千夏は、ポカンとして驚いた。
「まあ、子供に該当する年齢だとは、私も思ってるけれどね」
対する女性はフォローのように補足を告げるが、千夏はまだ、戸惑いが抜けない。
「……記憶は、本当に全くない。ので、気にされるような事情もない。……心配する必要は、ない」
「……そう、なんだ」
当の白無がそう言ったとしても、千夏は上手く呑み込めずにいる。
そんな状況をさらに見かねて、女性は切り替えるような発言を続けた。
「ところで。君が月崎千夏って子かね?」
「……はい。そうです」
大人相手にはつい丁寧語で、千夏は答える。
「やっぱりそうか。私は神山伊奈って名前で、ちなみに本名だね。息子も世話になったみたいだし、色々とよろしく頼むよ」
「……息子?」
その台詞に引っ掛かりを覚えて、次いで千夏は問う。何か引っ掛かっているが解明しきれない、でも、そこまで重大ではないモヤモヤだ。
「ああ。蒼伊って名乗ってた少年のことだね。神山依織、それがあの子の本名だ」
そして、あっさり放たれた伊奈の言葉で、そのモヤモヤは見事に晴れた。
「ああ、どうりでなんか似てると思った……!」
ポン、と手を打ちながら、納得した気持ちで千夏は告げる。
「お、似てるかい? そう言ってくれると嬉しいねえ。なんせあの子ったら、最近反抗期が酷くて酷くて……」
おいおいと泣き真似をして、大袈裟に返答を続ける伊奈。少々反応に困る返答であり、千夏は「そ、そうなんですか……」などと曖昧に呟いた。
その後、不意に飽きた様子で泣き真似をやめた伊奈は、同じく不意に思い出したように手を叩く。
「と、そうだそうだ。白無」
「……何」
伊奈を見返しながら、白無は短く問う。
すると、伊奈は白衣の内側を漁って、布で巻かれた包丁を取り出した。
「黒江、持ってきたよ。手入れもしといた」
「……どうも」
素直に包丁──黒江を受け取り、感触を確かめるように手で探る白無。納得のいく手入れだったようで、その包丁を、自分の服の中へとしまった。
対する伊奈は、それを満足そうに眺めている。
「問題ないなら、良かったよかった。まあ、問題があった場合にまず疑うのは、白無の感覚の方だけどね」
「……そう」
取り合うのは面倒くさい、といったような態度で、白無はそっけない返答をした。が、そもそも、伊奈はその態度に気がついていない。
綺麗に用事を終えたとでもいうように、彼女は扉へと向かっていく。そして最後に、白無と千夏へと振り向いた。
「うんうん、素直でよろしいっ。それじゃあ、私はこれで! 折角何回も直してやってるんだから、一億円する壺を扱うくらいの気持ちで、大切に使いなよ〜!」
よくわからない例えを用いた、恩着せがましい言葉を残して、伊奈は救護室から去って行った。
見送りの視線も送らない白無を、千夏は微笑ましい表情で見やる。
「『先生』……愉快な人だったね」
「ならもう少し……愉快ではなくなってほしい」
「あはは」
なんだか新鮮な反応をする白無だな、と思いながら、千夏は小さく笑った。




