11.アウェイクニング・アウェアネス〈1〉
千夏は、目が覚めた。パチリと、目を開けた。
一面が白くて、そこに蛍光灯がある視界だった。細かいところを眺めれば、見覚えは特にない、そんな風景だ。つまりは目の先に、全く知らない天井があった。
そうしてしばらくすれば、自分がどうなっているかくらいは理解した。
保健室か救護室か病室か。とにかくそんな感じの部屋で、ベッドに寝転がされているのだ。しかも、布団を掛けられている。服は脱がされてはいないようで、朝から同じ私服のままだった。
千夏が寝転がるベッドの横には、誰かが座っているようだった。その者からの視線を感じて、千夏はガバッと上半身を起こした。
小柄な少女が、そこにいた。
桃色の内巻き気味なロングヘアに、同じく桃色の優しそうな垂れ目。白無よりさらに小柄だが、白無より年上に、千夏と同年代くらいに見える少女。その小柄な体に白衣を纏っている、白が基調の服装だった。
少女は千夏の方を見たまま、穏やかな笑みを浮かべる。
「安心してください。ここは、『スクエア』の救護室ですので。防犯も行き届いているため、とっても安全ですよ」
「ええっと……貴方は……」
戸惑った千夏は、まずは相手の詳細を問うた。その少女への見覚えは、全くないと言ってよかった。
対する少女は、礼儀正しく頭を下げる。
「花里ミカと申します。スクエアで働いております、職員です」
すらすらと自己紹介し切ったミカという少女は、再び顔を上げる。そして、千夏が安心するようにと微笑んだ。
それを見て、千夏は確かに安心する。状況はよくわからないが、きっと良い状況ではあるのだろう、と、確かに思う。
その思いのままで、千夏は感謝の言葉を告げる。
「えっと……ありがとうございます。その、まだよくわからないんですが、何故か助けて貰ったみたいでっ」
「いえいえ。確かにちょっと治癒はしましたが……もっと沢山、助けてくださった方がいますので」
小さく笑って謙遜しながら、ミカはそんな補足を返した。
彼女が語った、『助けてくださった方』とは、一体誰のことなのか。千夏は自然な疑問を抱く。
「それは……誰なんですか?」
するとミカは、口元に手を当てて、答えに迷っているようだった。
「本人から、口止めされているのですが……まあ、いいですよね」
結局はそれを明かすことに決めたのか、お茶目な顔で微笑んでみせる。
そしてミカは、その人の名を明かした。
「ええ。特に熱心に助けてくれたのは──白無さんです」
▽
千夏とミカは、しばらくの間、取り止めもない会話を交わした。どうやらこれからミカは一旦、救護室を離れるらしい。
続いてミカと入れ替わりのように、一人の少女が入室してきた。──白無である。
彼女は無表情で歩いてきて、ミカが座っていた椅子に腰掛ける。
そうして、その無表情のままで、千夏へと問う。
「……様子はどう」
「いいよ。いつも通りに快適」
「……痛いところは」
「ないない。ホントにいつも通りな感じだよ」
「……変な気分とかは」
「それもないない。全くなし」
千夏はその全ての問いかけに、手を振りながらの否定で返した。
白無は見るからに、などということは全然ないが、安心はした様子。
「……なら、よかった」
「安心した?」
そんな自分への安堵を、千夏はなんだか嬉しく思って、ついつい問いを掛けてみる。
「うん。ルールを守れて、良かったと思う」
が。白無が答えたのは、ちょっとばかし趣旨が違う内容であり、
「……そっちか〜」
千夏はつい、そんなふうに声をこぼした。けれどもそれもまた白無らしいと、そう思っておくことにする。
自分の方で一区切りがついた千夏は、本題らしき話を、やっと切り出すことにした。
「あれから……何があってこうなってるのかな? 私は多分、蹴飛ばされて気絶でもしていたんだよね?」
すると、対する白無も、表情をさらにスンッとさせる。
「そう。確かに……貴方は気絶した。それで……ここ、スクエアまで運ばれて来て、治癒を施された」
そして、淡々と語る白無の口ぶりに、千夏は思うところがある。
「他人行儀だなあ。すぐに手当してくれたのも、ここまで運んでくれたのは白無だ、って聞いたけど?」
「…………」
その問いかけに、白無は沈黙した。無表情であるためよくはわからないが、予想外である、といった様子をしていた。
「ミカは……口が軽い」
「気が利くって言うんじゃない?」
こちらにとってはそうなのだと、千夏はフォローじみた意見を返す。
「……どうだろう」
それに賛同する気がないのか、白無は曖昧に呟いてみせた。
「ま、それでいいか」
彼女の優しさはちゃんと伝わって来たので、この辺にしておこうと千夏は思う。
そうすれば、そろそろ本題に戻ることとして、別の切り口で問いを投げかける。
「……シャーロットって、名乗っていたアイツ……私たちを襲って来たアイツは、あれからどうなったの?」
「……逃げた。こちらとしては、逃げられた」
不本意な様子で、白無は答えた。
「『興が削がれた』と言って……混乱に乗じて、彼女は逃げて行った」
「……なるほど」
続いた補足を含めて、千夏は流れを理解して頷く。
まず、シャーロットの蹴飛ばしで、千夏が気を失った。それでその場は、少々混乱したのだろう。予想外のヤツが予想外の行動を取り、予想外の結果を迎えたのだ。しょうがあるまい。
そうして、その混乱に乗じて、シャーロットは逃げた。『興が削がれた』と言って、自分からスタコラと逃げて行った。
つまりは、そういう流れだったのだろう。
敵に逃げられたことは、やはり良いことでは決してない。不本意そうな白無を見ていると、千夏としてもあれこれと気にしてしまうものだ。
「なんか、私……余計なことしたかな?」
「……貴方自身は、どう思うのか。それが大事だと思う」
次いで、返ってきた白無の答えについて、千夏は少々考えてみる。
するとすぐに、答えは出てきた。
「うーん……後悔は、していないな。寧ろ、自分では『よく動けた!』って思う」
あの時のことを思い返しながら、千夏は言った。死に急ぐような生き方を蹴飛ばせたのだから、後悔はしていない。物理的には自分が蹴飛ばされたと思うと、なんだかおかしな話だが、それでもよいと思うのだ。
「……なら、それでいい」
じっと静かに聞いていた白無も、そう言って肯定を返してくれた。
その言葉を聞いた千夏は、じんわりと安心させられるようだった。後悔はないとは言ったけれど、白無からの保証を貰うと、なんだか安心感が増すものだった。
そんな安心感で心を落ち着かせつつも、千夏はハッとして思い立つ。とても大事な確認を、まだ済ませていなかった。
「あ! というかそもそも、深綠は無事だよね? というか全員、無事だよね……?」
少しの不安を再び見せて、千夏は恐る恐ると問う。対する白無は、見るからにケロッとしている。
「うん。全員、無事。これといった怪我もない」
「よかったあ〜……」
その最良と呼べる答えに、千夏は安堵のため息を吐いた。大きなため息を伴った、大きな安心感だった。
そして、誰もが無事だとわかれば、次に気になるのは居場所のことだ。
「それじゃあ、皆は今、どうなっているのかな? どこにいるんだろう?」
「……皆、此処に──スクエアにいる」
白無はすんなりと、全員纏めてそれを明かした。
「それは……有栖と深綠も?」
殺し屋が国家機密の情報機関とやらにいてもいいのかと、千夏は問う。
「うん。……二人を含めて、全員がいる」
対して白無が答えたのは、先ほどと同じこと。全員がスクエアにいるという、単純な答えだった。
全員が無事で、同じ場所にいる。それはやはり、最良の答えでもあった。
次いで、そこまで会話を交わし終えれば、なんとタイミングのいいことか。この部屋の扉の外側から、ノックの音が聞こえてきた。
続く白無の目配せに、千夏は肯定の意を込めて頷く。すると、白無は言った。
「……どうぞ。入って」、と。
それを合図とするように、扉は開いた。バタン! と、喧しく開いた。誰が入ってきたのか、千夏はそれだけでほぼほぼ悟った。
その予想は、大正解。やってきたのは、相変わらず喧しい詩星だった。それに加えて、隣に蒼伊も佇んでいる。
「失礼しまーすっ! どうっ? 元気っ? 俺は元気っ」
白無の近くまで来た詩星は、早速元気良く告げる。声のボリュームを良識的なくらいには落としているのが、なんとも歪で少々違和感だ。
蒼伊は詩星に追いつくと、まずは千夏へと会釈をする。そして次に、呆れた様子で詩星を見た。
「もっと、静かに扉を開けろ。騒々しい」
「ええ〜っ? 口を開けばそれなのっ?」
「大事なことだろう」
「も〜、らしいけどお堅いなあっ。まーでも、それは確かにそうだもんねっ。反省しますよ蒼伊さんっ」
「……ああ、それでいい」
やって来た二人はやいのやいの会話をしながら、元気そうな様子だ。表情に乏しい蒼伊からだって、会話を楽しんでいるのは伝わってくる。
あの出来事の、後なのだ。だから千夏としては、この通常通りな騒がしさも、寧ろ安心するものだった。
やがて二人は会話を切り上げ、詩星は千夏の方を向く。
「それで、千夏っ。元気かねっ?」
「まあ、元気だよ。調子は万全」
ハイテンションに押される形となったが、元気なことは本当だった。それを示すため、千夏は答えた。
「そっか、元気か〜。なら、良かった良かったっ!」
通常からさらに笑みを深めて、詩星はニコニコと安心している。そんな様子を眺める蒼伊も、比較的穏やかな表情をしていた。
それから、しばらくすると。スンと澄ましたような、いつもの表情に戻って、蒼伊は白無と千夏を見やる。
「そろそろ、俺たちが此処に来た目的……本題に入りたい」
その言葉で、空気は一気に変わった。真面目な話題へと、切り替わった。
「……本題? それは、今回起きた出来事についての?」
「ああ。そのことに、関連してくる情報だ」
千夏の確認に、蒼伊は頷いた。蒼伊も詩星も、真剣な顔をしていた。
次に彼らへ問いかけるのは、白無だった。
「蒼伊。その情報とは……何?」
対する蒼伊は、重々しく口を開いた。
「──シャーロット・スカーレットとは何者か、という話だ」
それは確かに関連性が大有りで、かつ、とても重大な情報であった。




