自覚すること。
今日は教授の都合で、いつもより2時間ほど早く大学が終わった。楽しみにしていた人格の授業が無くなってしまったことは悲しいが、帰りにみんなでカフェに行こうと提案してくれたのは、いつも4人でいるうちの1人であるボブスタイルが良く似合う女の子「雪」だった。私たちは学部が同じで9割同じ授業を取っているので、終わる時間も当然同じである。
満場一致で賛成。今日はどこのカフェに行こうかなんて話しながら、結局いつも同じところになってしまう。
カフェに着くと、ちょうどランチタイム。今日は何を頼もうか。雪はメロンソーダにするらしい。エメラルドみたいに弾ける緑は雪の雰囲気によくあっている。
男性陣の2人の名前は蓮と柊。彼らはオリジナルブレンドのコーヒーにするようだ。そして、セットにナポリタンとサンドイッチ。つられるように雪もサンドイッチを頼んだ。
私はウィンナーコーヒーが好きなので、それとドリアのセットを注文した。
飲み物が運ばれると、料理が来るまでの間で恋バナに花を咲かせた。私のマイブームは恋バナだ。実際に恋人ができると、あまり良い気持ちにはならないくせに、一丁前に恋バナはしたいのだから、こんな時はより自分は女なんだと実感する。
「蓮は今彼女いるけどさ、柊はいたことないの?」
標的にされたのは、コーヒーの苦さに舌を軽く噛んだような渋い顔をしていた柊だった。飲めないのに、大人だからと背伸びをしている姿に少し微笑ましく思う。
柊は見た目は私や雪に比べると、目立つ感じではなく真逆。少しおぼっこい感じのある雰囲気だが、頭が良く人当たりもいいので、他のグループとも仲が良い。颯とも私から繋がり、今ではピアノの話で盛り上がっている所をよく見かける。
「1回本気で好きになったことはあるけど、上手くいかなくて。」
女性から見ると草食系。恋愛下手なイメージがある。実際のところもそんな感じみたいだ。
「好きなタイプは?顔とか性格とか。」
雪が尋ねる。
女性は細かい所まで条件が多いのは当たり前のように感じるが、男性はどうなのだろう。個人的には、顔が良ければいい派と、胸が大きければ良い派で二分されると思うが。
「特に気にしないかな。好きになった人が好きって感じ。」
そんな人いるのかと驚いたのをよく覚えている。心の中ではそう思い込んでるだけで、本当は無意識に条件をつけてるくせに。そんなふうに友達の考え方すらそれは戯言だと反論したいが、胸の内に秘めておく。
それは今まで経験してきた上での考えだった。男はみんな自分の意見を押し通してくるか、嘘ばっかりだと思っていたから。
実際にこんな考えの男性が増えれば、世の恋愛はもっと上手くいくと思う。そんな理想論を並べながら、私たち女性軍は認めながらも反論をかます。
男と女で考え方や捉え方が違うことは承知の上だが、今まで出会ったことがなかったので、分からなかっただけなのかもしれない。そう思うと、今日もまた私はレベルアップしたと思える。
彼女がいる蓮はというと、大学に入って4ヶ月ほど過ぎたくらいに、休みの日に高校の時告白された女の子と再会し、付き合うまでに至ったらしい。でも、どこが好きなのかと聞くと、はっきりと断言する訳ではなく、よく分からないと言う。ならなぜ付き合ったのだろうか。
次の矛先は私に向いた。
「最近いい人いないの?」
元々、入学直後大学で知り合った人と付き合っていたのだが、どうも私は男運がないみたいだ。なぜか相手の性格は、女々しい人たちばかり。その時の男は、私に頼りまくりの、バイトもしてない人で最悪だった。
私は付き合う相手の望みを叶えようとしてしまうのかもしれない。例えばこの入学当初に付き合ったK君に対して今思えば、彼がもっと嫉妬して欲しいと言うと、嫉妬した"ふり”を、手を繋ぎたいと言われたら、喜ぶ"ふり”を。相手がしたいことをなんでも叶えてきた。それでも私は自分が弱い所を見られるのが嫌だという、謎の高いプライドのせいでわがままを言ったり、甘えたことは記憶にない。
本気で好きではないのに付き合ってしまうのは、告白している時の相手に同調しているからなのかもしれない。または、他の人と比べた時の優越感。
こんな気持ちのない関係に意味は無いと思っているけれど、今までもそんな感じで付き合ってきた。
この男の話をするといつも
「「マジであいつだけは意味わからん。」」
雪と柊こんな感じで批判殺到。他にも色々問題があった上でのこの反応である。
それ以来、私は1年恋人を作っていない。面倒だし、自由なんてないし。私はメールなんて用がある時だけでいいのに、毎日送る人とかありえない。
そんなこんなで私は恋愛を諦めながら生きていた。ここからは私に合う男性像を話し合う結果になってしまった。白熱しすぎた話し合いにいつの間にか運ばれていた料理は湯気が少ししか見えない。
その日の夜、颯の家に遊びに行った。カフェで話したことを話すと、彼は物言いたげな顔をして私を見る。
「お前初見殺しだし、そもそも俺的には相手がお前のことを好きになる状態をお前は楽しんでるように見えるぞ。」
と言われた。
そう言われるとそんな感じがするような。絶対この人私のことが好きじゃんってわかる人から、ご飯のお誘いメールが来ると、ニヤニヤしながら颯に見せることが多い。彼からすると、まるで分かっていて相手を弄んでいるように見えるらしい。
『こんなメール来たけど、どうやって返す?笑』
『この言い方って、そういう意味で解釈していいの?笑』
みたいな感じで、どうやって返すか。また、こう返したらこう来るだろうというやり取り自体を楽しんでいるのかもしれない。我ながら酷い女だと自覚した瞬間だった。
颯がそう感じたのには理由がある。カフェで話題に上がったK君と別れた後にアピールを受けた外国人留学生のオリバーが関係している。その時中学の友達がイギリス人と付き合い、態度が紳士的だとか、愛情表現が積極的だと聞いて、国際カップルが羨ましいと感じていたことがきっかけだった。その後にタイミングよくオリバーからアピールを受けて、颯によく相談していた。堀の深い顔は好みで、筋肉もあっていい人ではある。
彼は代表的な外国人のような態度で、距離が近くメールをしたり、アパートに呼んで一緒に料理をした。この時の私の心情はというと、
『これ絶対気があるやん、、。』
だった。
「一緒に料理することになった笑。どうしたらいい?笑。」
こんな感じで相談する時の私はいつも楽しんでいた。また、ある日は手を重ね、ある日は頬にキスをしてきた。この変わった非日常を私は少し楽しんでいた。その行動が余計に相手に私も気があるように感じさせていた。
しかし、それには私なりに理由があって、相手に不快な思いをあまりさせたくないということ。だから相手のしたいようにさせてしまう。許してしまう。これはK君の時もきっとそうだ。
その理由の上で相手に好きと思わせることを楽しんでいる。颯は私にそう言いたげだった。
1ヶ月ほどやり取りをしているとオリバーは面倒臭いやつだと認識するようになった。毎日のようにやり取りをし、1日返さなかっただけで追いメールが来る。
『別にいつ返してもいいんだけどさ、心配するから。』
その時私は限界がきた。いつ返してもいいならいつでもいいと思うし、私はすでに返信は遅い人だと伝えてある。大学でも会ってるのに何をそんなに話すことがあるのだろう。それに第一私達付き合ってない。
そう、付き合ってもないのにこの彼氏ヅラ。意味がわからない。私の地雷を踏み抜いている。思い始めると愚痴と嫌悪感が止まらなかった。その時少しだけ彼に優しく接していたことを後悔した。
まるで私のことを理解しています。みたいな態度を浅い関係の人が示すことを私は心底気に入らない。
『会って話がしたい。』
メールに残された未読のメッセージ。それから、大学でも会わないように避けていたのだが、なんとびっくり。柊とピアノ教室を出てきたときに待ち伏せされていたのだ。まさかのストーカー化していて恐怖すら感じた。その後、2人で私の車の中で話し合ったのだが、普通の友達でいて欲しいと伝えた。しかし、そんなのは口約束に過ぎなくて、私はその後も彼と話すことはなかった。初めはなんともないような顔をしていた私だが、少しすると気まずくなってしまう。だから別れた後も仲良くできるような関係の人たちをすごいと思うんだ。
また軽くトラウマになってしまっただろうか。そんな不安は愛想でカモフラージュして誤魔化している。
このちょっとした事件があったからこそ、颯は私に恋愛は難しいという。
これが1年の後期が始まった9月前半くらいの話。




