諦めるもの。
人を心から信じることは難しい。
だってそれって裏切られたら、泣きたくなるでしょう?
裏切られることは怖いこと。私はそう思う。その気持ちは、期待から生じる副産物にすぎないけれど、感情というものは厄介だ。
脳神経によって判断されるものなのか、はたまた心というものが本当に存在しているのか。未だ結論は出ていない。
今まで普通に生きてきた。周りに合わせて作り笑いをして、他人の意見に同調する。本当の自分ではないかのように相手の望むまま、望む通りに演じることで自分を守ってきたんだ。自分の意思など空なんかに捨てたりして。
それでもそれは必要で、少しだけ本音を混ぜて話すようになった。嘘にほんの少し「真実」というスパイスを混ぜることで、より信憑性が増す。そうして作り上げられた5年分の嘘。誰も私の心を知らない。誰も信頼なんてできないから。誰にも覗かれたくない卑しい心は、人には見せられない。
私はずっとこのまま一人で生きていくのかな。本当の気持ちを言えずに、一人でこのまま。
私は宮崎千春。普通の大学2年生だ。毎日学校に行って授業を受けて、空き時間でレポート課題を終わらせる。そのあとは一服して、次の授業まで車の中でお昼寝する。ただただ普通の大学生。
一つ皆と違うところがあるとすれば、人を好きになれないということ。愛し方も、愛され方さえも。
そう、私は人を好きになれない。恋愛的な意味として。
男性とお付き合いしたことはあるけど、いつも2ヶ月くらいで別れてしまう。別れるたびにもう恋人は作らないと豪語するけれど、結局は仲睦まじいカップルを見るたびに感じてしまう喪失感。心にぽっかりと空いた穴は、風が通って寒くて、虚しい気持ちになる。
『羨ましいな。私もあんな感じのお互いが大好きでしょうがないですっていう恋人欲しいな。』
大学内を歩くカップルを見ると、そんな羨望の眼差しで眺めてしまう毎日。しかし、自分には無理だと諦めてしまう悲観的思考。この穴が埋められる日は来るのだろうか。ああ、恋愛って難しいな。
私はきっと恋愛には向いていない。だって、すぐに飽きてしまうから。仲のいい男友達にそう話すと、お前と付き合う男は可哀想だなって言っていた。本当にその通りだと何も言い返すこともなく、余計に自身を傷つける。
正確に言えば飽きてしまうのではなく、本気で相手のことを愛せないという方が望ましいだろう。正直、相手が考えていることなんて、分かるわけないのだし、嘘をついていても見抜くことは難しい。2年付き合っているカップルも別れたりすることはあるでしょう。いづれいなくなってしまう存在なら初めからいない方がいい。自分で傷を作るより、つけられる方が辛いことを知っているから。
それでも人並みに恋愛がしたいと感じる厄介な心が、私をこの負の連鎖に陥れる。
近づく男は皆私の外見しか見ていない。私の本心など知らない。
「一緒にいると楽しいね」
「そういうところ嫌いじゃないよ」
「もうちょっと一緒にいたいな」
こんな言葉、私にとっては空気みたいなもの。思ってなくてもすらすら言えてしまう。でもまるっきり嘘ってわけではなくて、これは私から見れば友達としてって意味。勘違いさせてしまうようで申し訳ないけれど、嘘は言っていない。
皆こうして私の外面に騙されて、好きだと言ってきて不快なる。私が本心で話せば、罵倒も暴言も吐くし、そっけない返事もたくさんする。私が初めからこんな人間だと知っていたら君たちは近づいてきたかな。
皆が求めているのは綺麗でいい子な私。本心はその反対。これを仮面と呼ばずになんと言えるだろう。
私には仲のいい男の子がいる。大学に入学してから3ヶ月経ったくらいに出会った人で、背は小柄で158cmの私と同じくらいだ。喫煙所で出会った時に声をかけられた。同じ学部で私のことを知っていたらしい。名前は周防颯。
初めは急に声をかけてきた颯を怪訝に思っていたが、話してみると案外おもしろいやつだった。日の光に当たると透き通って見える髪色に、少しパンクな服装。近寄りがたい感じだが、話すと急に知能が下がって面白い。
いつしか私たちは異性の友達の中では、隠し事なんてないくらいの最高な仲になっていた。
「千春はモテそうだよね。すっぴんも普通に可愛いし。」
仮にも女相手に軽くそんな発言ができてしまうくらい、私たちはお互いを理解している。
「当たり前やん。」
私は自分の可愛さを知っている。もちろん初めからそうだったわけではない。人から好かれたくて、よく思われたくて始めたメイク、万人受けする清楚な服装。綺麗な言葉遣い。そうすると私に落ちる男は増え、友達にも好かれるようになった。全ては計算の上、私は自分の外見は可愛いと思うようになった。
そんな考えを隠していることも颯には全て伝えている。私が今までどう生きてきて、恋愛についてどう考えているか唯一の相談相手で、唯一私の卑しい心を知っている彼は、私にとって特別で大切な友人だ。
『お前と付き合う男は可哀想』
そう言ったのも彼だ。傍から見たら失礼に聞こえるこの言葉も、私たちの間では日常的な会話。
彼は本当にただの友人なのだ。顔はタイプでは無いし、恋人にするなら身長ももう少し欲しい。一緒に煙草を吸っている時間は楽しいけれど、特別そういうことはしたくない。この関係を私は壊したくないと思ってる。だって、こんなに私を理解してくれる人と付き合ったとして、もし別れてしまったら。そう考えると、何も言わないのが最適解だ。ただそばに居てくれるだけで楽しくて幸せなのだから。
それ以上は望まない。望んでは行けない。そうすればきっと気まづくもならないし、彼を傷つけずに済む。
こんな風に思うのは変わっているだろうか。
いつかしたいことや、嫌なことを相手に気を遣わずに言える人を見つけられたら。なんて、私には理想にすぎないけれど。
簡単そうで叶わない私の願い。
そう思ってしまった時、私は恋を諦めたんだ。




