今日でお別れ4
律子はお人好しでそそっかしいOLである。
別れようと思って結婚して下さいと言ってしまったり、同僚の真弓のために意見しようとして、また付き合って下さいと言ってしまったりと、漫画並みのオッチョコチョイである。
「はあ」
つい、溜息も大きくなる。
「溜息の数だけ、幸せは逃げて行くんだよ、律子」
真弓が嬉しそうに言う。
何よ、あんたのために須崎君に意見しようとしたら、あんな事になったのよ!
でも、別に真弓が頼んだ訳ではないので、文句も言えない。
それにしても、どこか嬉しそうな真弓の顔は癪に障る。
「何かいい事でもあったの、真弓?」
律子は皮肉交じりに言ってみた。すると、
「別にないわよお」
ますます嬉しそうだ。気になる。
「じゃあねえ」
真弓は庶務課に行ってしまった。
「気がついた、律子?」
すると入れ替りに香が来た。
「え? 何? 私、鼻毛出てる?」
思わず言ってしまう。香は噴き出して、
「違うわよ。真弓の事」
「真弓の鼻毛が出てたの?」
律子のボケは天然である。悪意はない。
「鼻毛から離れなさいよ。真弓の私服よ」
「は? 私服?」
ますます意味がわからない。香は声を低くして、
「真弓、昨日と同じ服だったわ」
「フーン。どうしたのかな?」
ファッションには人一倍気を使っている真弓にしては、何て凡ミスと律子は思ったが、
「わからないの? お泊りしたのよ、多分」
「え? 何で?」
ここまで天然だと、さすがに温厚な香もムッとしてしまう。
「あのね、ここまで言ってピンと来ないって、律子ってド天然ね」
「何なのよ? ホント、わかんないんだってば」
律子は泣きそうな顔で言う。香は律子の耳元に顔を近づけて、
「真弓、ホテルに泊まったのよ」
「ホテル!?」
大声で言ってしまう律子。お約束の反応に香は項垂れる。
「って事は、つまりその……」
律子もやっと香が言おうとしている事がわかったようだ。
「そう、そういう事」
香は目を細めている。律子の鈍感さ加減に呆れ果てたようだ。
「ご両親と喧嘩して、家に帰らなかったのね?」
香の目が点になった。
「もういいわ、律子」
香は自分の席に戻って行った。
(ごめん、香)
本当は律子は気づいていた。あそこまで言われればいくら鈍感でもわかる。
もし仮に真弓がお泊りしたとすれば、相手は間違いなく藤崎君だ。
それは困る。香が可哀相だ。
よく考えてみると、私の存在も香にとって「敵対勢力」なのかな?
律子は呑気にそう思った。自分が遊ばれているのかも知れないとは思わずに。
そう言えば。今日は藤崎君の姿が見えない。
昨日真弓に壊された? それは大袈裟だけど、真弓は凄いって噂を聞いたし。
何が凄いのかは、聞いていないのだが。
真弓が戻って来たぞ。
律子は仕事に戻った。
「庶務課の連中、私の事、嫌らしい目で見るんだから」
真弓は全員に聞こえるように言った。新入社員の須坂君はギクッとして真弓を見た。
真弓は相変わらず制服を色っぽく着ている。
ボタンは二つ外し、スカート丈は自分で詰めたようだ。
律子は標準の丈でも短いと思っているのに。
(嫌らしい目で見られたいんじゃないの、あんたは?)
律子は真弓の後ろ姿を見て思った。そして、意地悪な質問を思いついた。
「ねえ、真弓、藤崎君、今日見かけないんだけど、どうしてか知ってる?」
視界に入っている香は、ビックリして律子を見ている。
「さあ。どうしたのかしらね? 私も知りたいわ」
真弓はアッケラカンとした顔で応じた。
(あれ?)
え? 違うの? やば……。
しくじったと思う律子だった。
お昼休み。
香が律子のところに来た。
「さっきのあの真弓への質問、どういう事?」
察しのいい香。すでに口調は尋問のようだ。
「どういう事って?」
天然のフリをして乗り切ろうとする律子。
だが、香刑事は容疑者律子を逃がさない。
「何か知ってるわね、貴女?」
全身に嫌な汗が出て来る。律子容疑者は追い詰められた。
「何も知りませんよ、お奉行様」
「そんな逃げ口上は許さないわよ。全部吐きなさい」
絶体絶命の律子だった。