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2.過去

 彼の名は紫水(しみず)コウジ。20歳。昔から、周りに変な目で見られることがあった。

 コウジが9歳だった頃の話。それは夏休みに、小学校のプールで仲の良い同級生のタスク君と遊んでいるときのことだった。

 途中、トイレに行ったコウジが戻ってくると、タスク君が溺れていた。偶然周りに人は少なく、まだそれに誰も気付いていなかった。

「ガヴゥッ。ンゴッ。ガッ。タッ、カッ。ゴフッ。カッ」

 タスク君は必死に助けを求めていた。人は溺れると冷静さを失い、正常に体を動かすことは難しい。ましてや小学生が自力で助かれるはずなどなかった。

 誰にも気付かれないまま、1人苦しみ(もが)いていたタスク君は、やっとの思いでコウジに気付いてもらえたのだ。生と死の分かれ道。タスク君が見たコウジのその姿は、孤独な絶望の中で出会った一筋の希望のように見えたのかもしれない。全身を必死に動かしながらも、タスク君はコウジの目を見て決して離さなかった。

 1秒、また1秒と時間が過ぎていく。ただ、ぼんやりと意識が遠のいていく中、タスク君の目に映るコウジの姿は、果たして本当に最後まで「希望」と言えるものだったのだろうか。

 コウジは何もしなかった。ただその光景をプールサイドからぼーっと見下げていた。徐々に力がなくなっていくタスク君は、ゆっくりと底に沈んでいった。

 タスク君は溺死した。


 後日、コウジは先生から詳しい事情聴取を受けた。

「近くにいたのに、どうして何もしなかったんだ。気付かなかった先生も悪いが、誰かに知らせるとか、何か動こうとはしなかったのか」

「……」

「コウジを疑っているわけではない。あのとき、なぜ何もしなかったのかを教えてほしいんだ」

「助けたら、タスク君の為にならないじゃん」

「え?」

「自分で助かれないなら、どうせまた次溺れたときに死ぬじゃん。じゃあ今死ぬか、生き延びて学ぶかのどっちかじゃないの?」

「………………」


 結局、学校側の過失による事故として処理された。最も、加害者でもないコウジに責任など発生するはずはなかった。

 小学生にして友達の死を目にしたコウジ。そんなことを経験すれば、誰もが心に大きな傷を負い、深い悲しみに暮れることだろう。

 しかし、彼は特に変わった様子を見せなかった。まるでタスク君は元々存在していなかった人間のように、彼の記憶だけを丸ごと消し去ってしまったかのように、何事もなく平然と過ごしていた。切り替えが早いだとか、大人びているだとか、そんな言葉で片付けるには無理があるほど、彼は異常に落ち着いていた。

 また、コウジの言動が周りに理解されることはなかった。変なことをする不気味な子ども。そんな印象を持たれて当然の話だった。そしてそのことはすぐに噂として広まり、やがて家族にまで飛び火し、紫水家は周りから気味悪がられる存在になった。

 家族もコウジの異常さには気付いていた。ただ、無闇に説教をしても逆効果なのかもしれない。そう思えるほど彼は異常で、得体の知れない恐怖心を植え付けられているようだった。生活をこれ以上崩さないためにも、家庭内では普通の息子として接することにしていた。それだけで精一杯だった。


 その1週間後、コウジは校内で女の子に対する暴力事件を起こした。コウジが人に暴力を振るったのは初めてのことだった。周りから見て変わった子どもではあったが、人に危害を加えたりしたことはなかった。ただそのときの彼は、とても悩んでいた。この暴力事件には、その悩みが深く関係していたのだ。

 コウジがなぜそんなことをしたのかは、彼の心の中にある「自分を犠牲にしてでも大切な人を守りたい」という大きな気持ちの存在があったからだ。

 父、母、年子の姉と4人で暮らしていたコウジは、とても家族想いな性格だった。家族にはとても感謝していたからだ。コウジは家族への感謝というものを、気持ちだけで終わらせず、しっかりと言葉にして伝えていた。子どもでありながら、毎日の当たり前が尊いものだと気付くことができていたのだ。

 労働者となって一家に富をもたらし、生活の基盤を支えてくれる父親という存在。自分の代わりに多くの家事をこなし、満足な暮らしを提供してくれる母親という存在。ほぼ同じ生活習慣の中で、会話や遊びによって退屈を軽減させてくれる姉という存在。

 コウジは家族という存在の意義を、そのように解釈していた。全員が自分の充実した生命の維持に必要なため、彼は家族をとても大切に思っていた。だから毎日、感謝の気持ちを忘れずに伝えていた。

 タスク君の一件から、コウジは自分のせいで家族全員が嫌われていることが気に入らなかった。家族想いなコウジにとって、それはとてもストレスを感じることだった。

 そのため、家族が嫌われている現状を変えるために、何か自分にできることはないかと考え、行動することに決めた。

 ある日の昼休み。コウジはクラスメイトの女の子の顔面を椅子の脚で何度も殴った。眼球は潰れ、鼻の骨は砕け、歯は4本抜けた。床と椅子は血まみれだった。

 コウジは、抵抗できない弱そうな女の子を大怪我させることで、周りからの圧倒的な憎悪を得られると考えていた。そうすることで家族全体ではなく、単体の自分だけが極端に嫌われることを狙った。

 彼は「自分を犠牲にしてでも大切な人を守りたかった」のだ。

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