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短編シリーズ

綺麗事が言えなかったあなたへ

作者: だるは

春の陽気がぽかぽかと暖かく、桜の花が凛と咲き誇る季節に、俺は三ツ橋高校の門をくぐった。歴史があって偏差値もそれなりなこの高校に入って満足している。県内で2番手の地元では名のある学校なので、将来安泰だと両親は涙を流して喜んでくれた。


地元の高校評価サイトの画像で見ていたより大きく感じた校舎も、今では立派な学び舎だと思えるようになった。高校の勉強は難しいぞ、と先輩や先生達に脅されて内心焦っていたが、単位を落とすこともなく平均点をキープしている。


自慢ではないが友達も多い方だと思う。体育で二人組になるように言われたときも困ることはなかったし、今だって1のBの4人グループの真ん中にいる。

 「なあ海翔(かいと)、」

考え事に集中していた所に突然話を振られて返事が詰まる。 

 「……え? なに?」

 「次の時間って文化祭の担当決めだろ? 海翔は何すんの?」

そういえば担任がそんなことを言っていた。三ツ橋高校の文化祭は3年に一度行われていて、それが今年なのだ。5月から準備を始める意味は分からないが。

 「うーん、何にしよっかな。」

 「お前司会とか向いてるやん!」

 「うわ、絶対向いてるよ、やりなやりな!」

司会も悪くはないけれど、今まで何も考えていなかったので説明を担任から聞いてから決めた方がいいか。

 「いや、後で決めるわ。」



 「よーし、お前ら席着けー。」

ガラガラと扉を開け担任が入ってくると教室に出来ていたまとまりがバラけて各々の場所に着席した。

  「はい、じゃあ文化祭の役割決めてくぞー。」

そう言うと先生が教室の前方にある黒板に、立候補できる役割を書き並べていく。司会、大道具係、小道具係、企画係、そして広報イラスト係。


 「司会はうちのクラスから一人出ます。司会やりたいやつ手挙げろー。」

誰もいないかと思えば、すぐにクラスの学級委員長の安田が手を挙げた。周りから『お前やれよ』という声が聞こえてくるが気づかないふりをする。

 「じゃあ安田で決定でいいやつは拍手しろー。」

パチパチとまばらな拍手が上がる。安田は少し恥ずかしそうな顔をしている。

 「次は―――」

大道具係などの役割の担当者が順調に決まっていく。


 「えー最後に広報イラスト係だな。誰か立候補いるかー?」

誰も手を上げない。

 「先生ー、広報イラストって何やるんですかー」

 「えっと、文化祭のポスターのイラストを書くらしい。」

今質問したやつは多分そこまでの仕事と思っていなかったようで、立候補しなくて良かったという顔だ。

 「誰もいないかー? じゃあやりたいと思ったやつは後で先生に言いに来いよ。」

授業始めるぞー、といつもの調子で絶妙につまらない歴史の授業が始まった。


退屈だな。余りに暇なのでノートに落書きをする。いわゆる教科書の肖像画にサングラスを掛けるとかそういうのではない。


傑作が出来上がり少し誇らしげに授業を受けていると――

 「なあ、それ海翔が描いたん?」

さっき俺に司会を進めてきた悠真(ゆうま)が小声で話しかけてくる。

 「え? あーいや……」

 「めっちゃ上手いじゃん!! すげぇ漫画家だ!」

こんな風に言われたのは初めてだった。今まで何度か人に見せたことはあるが、ほとんどが無関心か気持ち悪がるかのどちらかだった。両親も勉強のことばかりでこんなただの趣味に耳を傾けてくれたことなんてなかった。

 「ありがとう……」

 「お前、広報イラスト出来るって! 立候補しろよ!!」

立候補してもいいのだろうか。気持ち悪がられないだろうか。

 「考えてみるよ。」


 「おいそこ、何話してんだー?」

先生に注意されて黒板に向き直るが授業には集中できなかった。



一日の終了を告げるチャイムがなり走って駐輪場に向かい、全速力で帰宅する。なぜかそういう気分だった。

 「ただいまー!」

勢い良く玄関の扉を開け家の中にはいる。

 「おかえりー!」

母の声が聞こえてくる方へ向かう。

 「お母さん、今日――」

 「学校どうだった?」

そう聞かれた俺は思わず口をつぐむ。母が学校というときは大抵、勉強のことについて話すときだ。

 「……普通だよ。」

 「そう。」


あまりにあっけない会話をして自室に駆け込み、ベットに倒れこむ。広報イラスト係か……でも俺は絵から離れるって決めたじゃないか。


俺の高校の第一志望は普通科ではなく、芸術を学べる学科だった。小さい頃から将来の夢だった芸術家になるべく、絵の練習をしながら勉強に励んでいた。しかし―――

 

 「D判定……」

あるとき中学校でやった模試の結果が俺の夢を砕いた。俺が志望していた高校は芸術も学べるが、偏差値も高く、頭の良さはそこそこの俺には到底無理な話だった。そのときの担任からは『やれば出来る』『努力は報われる』って毎日のように聞かされたけど、そんなのただの綺麗事だ、と一蹴してしまっていた。その結果、第二志望のこの高校に落ち着いた。


文化祭の広報イラスト係。夢への切符。でも俺にはその切符をつかむ権利はあるのか? 一度芸術を諦めた俺に。


悩みに悩んでもう眠ってしまおうかと思ったとき、母の声が聞こえた。

 「海翔ーー! 手紙届いてるわよー!」

今の時代に手紙?と疑問に思いつつも封を開ける。菅野朋子と書かれている。俺のお婆ちゃんの名前だ。



菅野海翔様


拝啓


雨に紫陽花の花が鮮やかに映える季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。


少し遅くなったけれど入学本当におめでとう。自分のことみたいに嬉しいね、とお爺さんと一緒に喜んでいます。

この手紙を書いたのはあなたに伝えたいことがあったからです。


あなたは受験期の一年間とっても頑張っていたよね。脇目も振らずに、誰よりも努力してた。


でも、私が「頑張れ! やれば出来るよ!」って言ったとき、あなたは『綺麗事言わないで!!』って怒っていたよね。それは間違ってはいないけど、私は否定したい。


綺麗事は表向き綺麗なだけで中身はないって思っているかもしれない。けど違うよ。綺麗事が中身まで綺麗かどうかはその人の心が大事なんだよ。


海翔は努力して、努力して、努力して、疲れてしまったんだよね。その苦しみが分かるとは言わないけれど、共感したいって思ってる。


悩みを抱えてしまうこともあるかもしれない。そうしたら思い出して。あなたは、あなたの努力は、絶対に裏切らないよ。だってその「努力」は本物だから。これは綺麗事だけど、内側まで輝いているあなたになら伝えられる。私が保証するわ。


あなたは自分のやりたいことをやりなさい。もし誰かが反対するようなら私が言ってやるから!!


いつかあなたが描いたかわいい木の絵、今でも額にいれて飾ってるよ。


5月23日

              菅野朋子




そういえば、お婆ちゃんは俺の絵誉めてくれたんだっけ。嬉しかったなあ。

目頭が熱くなり次第に無色透明の感情が頬を伝う。

 「……お婆ちゃん、俺……」




次の日朝一番に職員室に向かった。 

 「先生!」

 「おお菅野か。珍しいな、どうした?」

昨日の夜決めたことを反芻して声に出す。

 「俺! 広報イラスト係やりたいですっ!」

言い終えて少しうつむく。先生に『お前描けるのか?』と聞かれたら多分逃げ出してしまう。

 「やってくれるのか!? ありがとう助かるよー!!」

俺の右手を両手で包み込み上下にブンブンと振り回す。少し手首がいたいが、最早心地良い。

 「はい!! 任せてください!」




文化祭二週間前――――

 「お前のイラスト最高だよ!」

 「海翔くん絵描けるの凄ーい!」

クラスの皆が俺の机を取り囲んで盛り上がっているのをみると頑張ってきて良かったと心底思う。

 「よかったな、海翔」

 「……ありがとう悠真。これはお前のお陰だよ。」

 「俺別になんもしてねぇよ。ところでこの端っこのふわふわしてるやつって何なの?」

悠真がイラストの端に小さく描かれた木を指さして言う。

 「あー、これはね―――」

それはネコヤナギだ。その見た目が成功を喜んでいるように見えることから、花言葉は『努力は報われる』だ。



俺は芸術大学に進学しようと思っている。両親のこととか、お金のこととか問題はあるけど、きっと大丈夫。だって努力は報われるんだから。


何歳になっても夢は持っていたいですね。



お読みくださりありがとうございました。

不定期に短編を投稿しております、だるはです。

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