知ってることと感じれること
知らず知らずの合間に二年弱のブランクがあいてしまったのだけど、あいも変わらず毎日ミルをゴリゴリと回してコーヒーを飲んでいます。
あれから二年も経ったのだから、さぞかしコーヒーの味も分かるようになったかと言われれば、おっとどっこい、さらに分からなくなってしまっていたり。最初の頃は、イルガチェフェを飲めば、丘の上に咲き誇る黄色くて小さな花たちの中にいるかのような香りに驚いたり、ケニアを飲めば濃厚なドライトマトを頬張っているかのような味わいに驚いたりしていたけど、今はぼんやりとしか感じられなくなっている気がします。
でも知識だけは何となくついてくるもので、先日、色々なコーヒーをカッピングしている人の動画を奥さんとみていた時、Qグレーダーの人がコーヒーのコメントを話すのを聞いて、ああこれはコロンビアだね、ああこれはマンデリンだねと、予想をしたら10種類全問正解したのを見ていた奥さんが、変なものを見るかのような視線で僕を凝視するので、ああ、コーヒーの知識だけは普通の人よりついてきたのかなと感じました。
でも、でもね。
コーヒーの知識があるのと、コーヒーの味を感じれるのは全く違うんですよね。
昔、イルガチェフェに感動した時の記憶の中の香りが、今、手の中にあるカップに入った同じコーヒーから少ししか感じられなくなってしまったのは、とても残念な気がします。
何でも慣れていくものなのかもしれないけど、自分の気持ちの中では、色んなコーヒーを飲んでいくうちに、様々なフレーバーを感じることが出来るようになれたら良いなと思っていました。
もうちょっと、毎日飲むコーヒーに対して、落ち着いて味わってみたら、もしかしたら昔感じたような香りが取れるようになるかもしれないなと、もう一度、丁寧にコーヒーを飲んでみようと思いました。




