感じ方人それぞれ
缶コーヒーやボトルコーヒー、ブレンド豆などを飲むときは、最初の一口二口の印象を大切に感じる。それ以上飲み勧めていくと、温度変化による味の変化には気がつくけど、最初のインパクトは感じづらくなってしまう気がする。
「うーん、これはコロンビアとエチオピアっぽい気がするなぁ。」
そうやってひとしきり感じてから、缶の裏やラベルに書いてある産地を確かめる。日々いろんな豆をとっかえひっかえ飲んでいるせいか、国別のテロワールというか風味には気が付きやすくなってきた気がする。そして、答えが合っていたりするとちょっと嬉しい。
「このスペシャルティのグァテマラはカシスっぽい風味とちょっとオレンジっぽい風味がするきがするけど…。」
初めて買ってきた豆を飲んだときは、その豆の味の表現を自分なりに考えてみる。スペシャルティコーヒーを扱っているお店の通販ページなんかを見てみると、味の表現が書かれていることが多い。
「あ、カシスって書いてある。やっぱりね。うんうん。」
なんてわかったような顔を作りながら、心の中でホッとしてみたり。
僕には珈琲の味がわからないと公言しているように、ホント、珈琲は珈琲の味でしょって思ってしまう。美味しいコーヒー、自分にあうコーヒーというものは分かったとしても、スペシャルティコーヒーの表現にあるカシスだのベリーだの、グレープフルーツだのレモンだのといった味表現は本当に何となくそう感じるかどうかぐらいしかわかりゃしない。
スペシャルティコーヒーに興味を持ち始めた頃、味の表現にオレンジとかチョコレートとか書かれていたものを購入して、どんな味がするのかワクワクしながら家で淹れてみたものの、何となくフルーティなスッキリしたコーヒーとしか感じなくてがっかりした。自分の想像では、フレーバーコーヒーのようなしっかりした香りがついているのかと思っていたので、その落胆は大きかった。
香り表現の中でも抜群に強いエチオピアのフラワリーな香り、花のような華やかな香りでも、牛乳を入れたら本当にちょっぴり感じるか感じないかぐらいになってしまう。世の中のコーヒー愛好家はもっと敏感なのかもしれないけど、僕には97%はコーヒーの香りとしか感じない気がする。
マンデリンはビターで、キリマンジャロは明るい酸味で、グァテマラは甘みがあって、ブラジルはナッツのような酸味のないコーヒーというのが、代表的なその国のコーヒーを表す代名詞のようなものだったりする。
休みの朝、ブラジルサンジョゼ農園にちょっとだけブラジルフルッタメルカドンを4g混ぜて淹れてみた。風味は違えど、どちらもブラジル産で、酸味の少ない割りとコーヒーらしい香ばしさを感じさせる穏やかな味わいのコーヒーになった気がする。
「そうそう、酸味が少なくて香ばしい香りだよね。」
なんて言いながらコーヒーを飲んでいた。そこに、起きてきた奥さんが目覚ましにコーヒーを飲んだ。
「あ、このコーヒー、結構酸味があるね。」
え、ホント?ブラジルだよ?あの、酸味のないので有名なブラジルなんだけどな。
そう思いながら僕も一口。他の酸味の強い国の酸味とは違う、ちょっとフルーティな風味が強く感じられた。
「あ、そう言われれば、この酸味のことかも。うん、確かに酸味があるね。」
どちらかといえば、ステレオタイプな味表現に振り回されていたのは僕で、何も考えずに、ただ茶色い液体を飲んだそのままの感想を言った奥さんの感覚のほうが正しいような気がした。
「美味しければ良いじゃない。このコーヒーおいしいよ。」
そうだね。美味しければ良いんだよね。別にコーヒーの味を分析するテストをしているわけじゃない。純粋にその味を楽しんで、そのひとときを楽しめば良いんだよね。
ナッツのような、カシスのような香り。チョコレートやラム酒のような風味。そんなかすかな味表現も、別にそういうふうに感じなければいけないわけじゃなく、自分にはそういう味のような気がするといった楽しみ方にちがいない。そして、そのコーヒーを美味しいって感じる楽しさが無ければ、そんなかすかな味を感じることも出来ない。
美味しいコーヒーを、楽しく飲めば良いんだよな。
その味を感じる表現は人それぞれで良いんだよな。
こんな味がする、へえ、私にはこんな味に感じるわ、うん、そう言われたらそうかもね。でしょ、あ、でもその奥にあなたが言った風味が出てきた気がする、そうそう、そうなんだよ。
なんて言いながら美味しいコーヒーを飲めば良い。そんなことを寝ぼけ眼で笑顔でコーヒーを飲む奥さんに教わった気がした。




