珈琲と笑顔
「佐伯くん、君コーヒーに凝ってるんだって?」
周りから見るより本人というのは、自分がやっていることがあまり見えていない。
「そうか、僕もね、結構好きな方でね。どうだ一杯飲んでいきなさい。」
事務所の奥からコーヒーの香り。それだけでは何のコーヒーかわからないが、兎も角良い匂いだ。
「はい、どうぞ。」
優しそうな奥さんがコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを持ってきてくれた。香りを嗅ぐ。うん、マイルドだけどしっかりとした香り。一口、口に入れる。すっきりとした味わいと、バランスの良い味。まあ、僕にわかるのはそれくらいのものか。
「ブルーマウンテンなんだけどね。」
「あ、そうなんですね。」
確かにすっきりとした飲み口と香りは良い豆の感じがした。ちょっと香りが少ないのと、若干雑味が感じられたのは、豆を挽いたものではなく、粉で購入し、熱々のお湯が出るコーヒーメーカーでお湯が最後まで落ちきったのをそのままにしていたからかもしれない。
嫌なもんだ。コーヒーを淹れるときに気を付けなければならない部分に目が留まってしまう。でも、粉で保存して香りが飛んでしまっても、熱々のお湯で過抽出して雑味が出ても、なんとなくブルーマウンテンというものが感じられる。
「おいしかったです。」
「そうかそうか、良かったよ。」
社長も奥さんも喜んでいる。僕もそうやって淹れてくれたことが純粋にうれしい。
コーヒーのおいしさも大切だけど、でも、誰がどういう気持ちでコーヒーを出してくれたのかということが、一番のおいしさなんじゃないかと思う。
「今度は佐伯くんの淹れたコーヒーをごちそうしてほしいな。」
「是非、今度お二人に合うコーヒーを用意しますね。」
「あら、楽しみにしているわ。」
そういってにこにこ笑うご夫婦。
コーヒーの温もり以上に心が温まる気がする。
社長には、うん、力強いケニアAA、奥さんには華やかなイルガチェフェのナチュラルをお持ちしようか。そうやって、好きな人に合うコーヒーを考えるのもまた楽しいもの。朝挽いたコーヒーをカップ用のドリップフィルターに入れて、ポットの温度を調節して淹れれば何とかなるだろう。よし、そうしよう。
「あ、いけね。」
そういえば、イルガチェフェのナチュラルは飲み切ってしまい、ウォッシュトしか残っていない。そういや、あそこのコーヒー豆屋さんはなかなか美味しかったな。今度コロンビアスプレモをハイローストにしてもらおうと思ってたんだった。じゃあ行かなきゃ。
そんな楽しい思いに耽りながら、仕事終わりの営業車を海岸線沿いにあるコーヒーロースターへと飛ばした。