アンと紅茶8
同じ部署のスタッフ達は確かに信頼のおける仲間は多い。何も言わなくても自分の気持ちや行動を先読みしてフォローしてくれるから相手先の財務諸表や関係先などの資料は何も言わずにそろえてくれる。自分としても、営業がうまくいっていないときは一緒に戦略を考えたり、何か失敗したときには一緒に謝罪しに行ったりもする。だから、お互いに心強い仲間という気持ちがあり、失敗した時も成功した時もともに喜びあい、悔しがったり出来る素晴らしい仲間だと思う。
でも、アンにはそれとも違う心強さを感じる。仕事の事もそうだけど、日々の感情の浮き沈みがアンと出会った時からあまり沈まなくなったような気がする。アンのあの顔をみて、話をするだけで心が勇気づけられるような気がして、実際に仕事をフォローしてくれるわけではないけれど、芯のある独特の雰囲気、スッとした綺麗な佇まい、でも、何かに笑った時の顔がすごく可愛らしくて、そんな彼女の姿を見ているだけで大きな何かに支えられるような、そんな気持ちにさせられる。
「兄ちゃんは、アンのこと好きなの?」
妹が作ってくれたハムエッグとトーストを食べ終え、朝の紅茶を飲んでいるときに突然そんなことを言われたので、思わず紅茶を噴き出す。
「嫌ー、なにもう汚い!」
そんなこと言われても、あんなこと言うもんだからこっちもびっくりしてしまったんだから仕方がない。
「なに、え、好きか嫌いかって言われたら、まあ、嫌いじゃないから好きなんだけど、でも、その、彼女の親切なところとか、芯が強くて素敵なところとかそういうところが好きなんであって…」
何の弁明かわからないけど、僕は布巾で噴き出した紅茶を拭きながらあれこれと早口で言い訳じみた答えをする。
「アンはね、兄ちゃんの事好きだって。」
うんうん、そうだろうね。そりゃさ、会社で一番話もするし、毎日顔を合わせるし、あれ買ってきてこれ買ってきてといわれりゃ嫌とも言わずに買ってくるし、色んな愚痴だって聞いてるし。
「あのね、一人の男性として、好きだって。」
人は言われなれないことを言われるとそれを理解することができない。そして、その言われなれない言葉を、言われなれている言葉と聞き間違えたと思って、違うように解釈しようとする。しかし、あまりにもシンプルな言葉だとその言葉の意味以外の事を考えられないので、言葉の意味ではなく、その言葉を言った魂胆が別にあるのではないかと勘繰る。
「俺には金はないぞ!」
「何言ってんの?」
呆れた顔をした妹がマグの紅茶をぐっと飲み干しながら、呆れた顔でこっちを見ている。
「ごちそうさま。あ、今週末は暇してるって言ってたから、日曜は二人でデートでも行って来たら?」
まだ相手先にアポもとっていないし、そういう気持ちがあるのかも了解が取れていないし、普段の会社の取引先と違ってどういう風にアプローチしていいかがわからない。
「…、あのさ、ドライブに行かない?ってアンに聞いたらどう答えると思う?」
ちょっと考えたユミは何かを思いついた顔をしてこっちを見てこう言った。
「『別に行ってあげても良いよ。』かな?」
うん、感は鈍っていない。僕の思った答えと同じだった。




