アンと紅茶7
日曜日の朝、起きてまず一杯飲み物を作る。家でこれを飲みなさいと渡された紅茶のティーバッグ、テトリーのたくさん入ったやつ。初めてアンに紅茶を淹れてもらった時は、濃い目のコーヒーじゃないかと思うほどの色に驚いた。それまで紅茶と言えば、透き通った赤茶色の綺麗な液体で、ちょっとかぐわしい良い香りのする飲み物だと思っていた。
「はい、紅茶。」
「ありがと。兄ちゃんも大分この紅茶に慣れちゃったね。あ、私もだけど。」
自分一人だけで飲むのもなんだから、妹が家にいる時は妹の分も淹れている。一人で飲む紅茶もいいけど、やっぱり誰かの分も淹れるほうがいいし、顔を合わせるきっかけにもなる。
「甘いもの食べるにはさ、これが良いんだよね。」
そう言いながら朝食代りに買ってあったフィナンシェを食べている。僕はちょっとカリッとしていて、バターの香りがするフィナンシェが好きで、仕事帰りにちょくちょく焼き菓子を買ってくる。テトリーは香りがあまりせず、味がするというか渋い濃い液体で牛乳がそれを丸くしているような感じ。それだけ渋くて濃い味だから、甘いものにはぴったりだし、一緒に飲むと香りも感じられる。渋いのが苦手という人もけるけど、僕は飲んだ後にちょっとした先が痺れるくらい渋いほうが好きかもしれない。
でも、たまに香りを楽しみたいなと思うときは、トワイニングやアーマッドの紅茶をストレートで飲んだりもするようになった。それほど紅茶には詳しくはないけど、ダージリンやアッサムなどのストレートティ、アールグレイやアップルティなどのフレーバーティくらいならわかる。ガブガブ飲むにはいつものテトリーがいいけど、香りを楽しむのも結構楽しい。
「でも、アンはこればっかりだよねぇ。この間、喫茶店で一緒に紅茶を飲んだ時は、薄いって文句いってたもん。」
妹とアンは、休みの日に二人で出かけたりしていた。二人で何やら古墳を見に行くのが趣味のようで、あそこの遺跡がどうとか、あの前方後円墳が一番かっこいいとか言いながら、色んな所へ出かけているようだ。どうせ兄ちゃんは興味がないから、温度差のある人を一緒に連れて行くとつまらなくなると言って一回もお誘いを受けたことがない。だから、日曜日の夜などに、古墳帰りの二人を迎えるためにちょっとしたご飯を作ってあげて、二人のよくわからない土産話を聞くばかりだった。
「毎日飲むのはこれが一番。強い味や香りはいらないってアンは言うんだよなあ。」
そういえば、それまで毎日飲んでいたインスタントコーヒーや缶コーヒーも味や香りが派手なものではなく、自分に合ったもので毎日飽きずに喉を通せるものだった気がする。確かに、日本茶もご飯の味をかき消すような香り高いものだったら、一緒には飲めないなと思った。ご飯と一緒なら、ちょっと苦みがある煎茶か、普通の水がいい。そう思うと、毎日飲むならそういう地味目なものが良いんだろうと思う。
「アンが言ってたよ、兄ちゃんも飽きが来ないから良いって。」
「ええ、ええ、どうせパッとしない見た目で、パッとしない性格ですよ。」
見た目も普通で、身長も普通。体重も普通なら、細マッチョでもない普通の体形。強いて言えば、ちょっとひげと眉毛が濃くてちょっと彫が深いけど、外国人に比べたら凹凸の少ない部類になるだろう。
「毎日一緒にお茶飲んでて、明日は会いたくないなと思わないんだって。」
うん、誉め言葉ととっていいものかどうかわからない。少なくとも、そう言われたからって嬉しいなとも思えない微妙な言葉。それともあれか、イギリス人特有の「良い!」というのを「not so bad」というようなちょっと後ろ向きな表現で表す独特なやつか。まあ、「毎日は会いたくないな」って言われるよりは良い。
「今日も古墳でも見に行くの?」
「今日は箱根の湯坂道。兄ちゃんは?」
古墳時代よりはちょっと時代が下ったところみたいだということしかわからないけど、まあ史跡巡りにはかわらない。
「ちょっと客先に顔出してくる。知り合いの社長さん、新しいお店出すっていうから。」
休みなのに気の毒ねと笑っている。新宿からロマンスカーに乗るらしい。ちょっとした旅気分。妹にとってもアンにとっても良い時間になりそうだ。
「夕方前には帰ってくるから、よろしく!」
「はいはい、じゃあ今日はキムチ鍋でも作っておくよ!アンにもそう言っておいて。」
楽しみー!と言って笑顔で出て行った。さあ、僕もお昼になる前に出かけよう。
僕も毎日アンの顔を見ても飽きがこない。綺麗な顔をしているし、青い瞳に吸い込まれそうでとても魅力的だから僕とはちょっと違うけど。それでも、そんな外見的な魅力よりも、一緒にお茶を飲みながら話をしているときの楽しさに魅了されているのかもしれない。
落ち着くような、あったかいような。そう、毎日飲みたくなる紅茶のような、そんな人だと思いながら、僕は家を出た。




