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アンと紅茶2

まだか、いやもうそろそろだ。



僕はいつもの時間にマグカップとマクビティを持って給湯室でアンを待つ。



コツコツと靴音が聞こえる。アンがやってきた。周りのみんなに挨拶をする声が聞こえる。アンが入社してから会社の雰囲気が明るくなった。歯に絹着せない外国人女性の登場で今まで引っ込み思案だった日本人女性スタッフが声を上げることが出来るようになったのは、加奈子さんが辞めて以来の事かもしれない。強い女性がいなければ声を上げられないのは、本当は会社の問題ではなく、一人で声を上げられない人達の責任の背負い方なのでは無いかと思うこともある。アンはそんな強さを当たり前の様に持っているのは、外国では当然のことの様に自分の責任を一身に負う覚悟が出来ているからかもしれない。



「ハイ、タク!カッパ?」



「Would you like to drink a cup of tea?」



これがどんどん省略されて、「cuppa?」になるらしい。



丸いメガネの奥の青い目は笑っているけど、表情はあくまで平静を装っている。見た目はあまり変わらないアメリカ人の友達は会うなり満面の笑みだから、ところ変われば感情表現も変わり、イギリス人はちょっと気取っているのかなとも最初は思ったものだった。



「プリーズ」



そう言うと僕があらかじめ沸かし始めていたお湯を確認して、いつものティータイムになる。あれ以来、二人のティータイムは恒例となり、他の人も混じって紅茶を飲むこともあったが、二人で結構話し込む事もあってか、気を使って他の人は二人の会話に入ってくることは少なかった。



「持ってきた?」



ハイと言ってマクビディを出すと満足げに微笑むと二人分の紅茶を作る準備をしだす。クッキーもといビスケットを用意するのは僕の役目。以前何度も淹れてもらうのは悪いからと色んな紅茶のティーバッグやリーフ、違うクッキーやお菓子を持ってきたものの、



「これじゃダメ!ティーは私が用意するから、タクはマクビティだけ用意しなさい!」



そう言われていた。でも確かにそれは正解だった。日本で良く売っているリプトンの紅茶や日本製の紅茶はアンが持ってきていたティーバッグのように濃い紅茶にならなかった。薄い紅茶だと、ミルクを入れた時に味も出なければ香りもあまりしない。なによりそれは綺麗な赤い色をしていたが、アンの持ってきているティーバッグは黒に近いほどの色の紅茶が出る。渋みがあって、牛乳を入れると紅茶の香りが引き立った。それに合わせるスイーツも、シンプルなマクビティのプレーンとチョコレートがやっぱり合う。変にこっていない武骨なクッキーもといビスケットが本当にぴったりだった。



「別に毎日違うスイーツを楽しみたいわけじゃないの。ちゃんとティータイムを取りたいのよ。」



アンと一緒にいつもお茶を飲むようになってから、なんとなくイギリス人のティータイムというものの意味が分かってきたようになった。しっかりとした味、カフェイン、それをちゃんと引き立てるお菓子の味と糖分。それは、スイーツを楽しむイベントではなく、一日のうちに何度かそうやってリラックスしたりカフェインで頭をしゃっきりさせたりする生活の一部の大切な行為なんだなと思った。日本人から見たら、紅茶を楽しむなんて、ちょっとお洒落で優雅な時間の楽しみ方のように思えたけど、本場イギリスのティータイムいというのは、そんな格好つけたものではないのだと知った。



「これはね、ビルダーズティーって言ったりもするの。工事現場の人達が、濃いめのミルクティーにたっぷり砂糖を入れて飲んだりするの。ほら、そんな優雅なものじゃないでしょ?」



大工さんたちが休憩に苦みばしった濃いめの緑茶に甘い饅頭を一緒に食べるようなものだと思うと、国が変わっても喫茶の文化というのは、本当は一日の大変な労働をしっかり乗り切るための知恵で、全世界共通のものなのかもしれない。僕は紅茶という飲み物に対して変な思い込みをしていたのだと思い知らされた。多分、日本の多くの人達にもそう思われているに違いない。



「でも、これはお客さんをお迎えする時なんかに使うからもらっておくわ。」



僕が何もわからずに買ってきたフォートナム&メイソンのアールグレイクラシックの青い缶を外から匂いを嗅いで目をつぶると嬉しそうにバッグの中に放り込んでいた。



他愛もない話、最近の仕事の話、イギリスの情勢、日本の情勢、両親の事や兄弟の話など、そんな話をしているとあっという間にマグは空になっている。



「よし、タク、今日も頑張りマショー!」



バンバンと僕の二の腕を叩きながら、マグの底に溜まった濃いめの紅茶を一気に流し込む。



そうだね、これが本当のティータイム。毎日を戦う者達と気持ちを共有する時間。



「アン、ありがとう。」



「じゃあね、行ってらっしゃい。」



行ってきますと営業車に向かう僕と、国際電話で交渉に励むアン。立場は違えど、同じ目的に向かっていく仲間という気持ちは通じている気がした。



互いのいつものお気に入りのマグで、いつもの紅茶、いつものビスケット、いつもの場所、いつもの時間、そして、いつもの素敵な笑顔。



そのすべてに、幸せと優しさと心強さを感じる大切な時間。



それが僕とアンのティータイムだった。

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