第36話 娘たち
アーロンが王都を出発した頃ビート領に居るフローラ達は各自力をつけていた。
フレイアは9歳になっていた。
この3年間で更に知識を蓄え今ではビート領の経営にも関わっている。
祖父であるアドルフも驚くような経営手腕でビート領の収益が以前の2倍にまでなっている。
更にフレイアは経営能力だけでなく、兵法などの戦略の才能も素晴らしく、昔から討伐が難航していたビート領の周辺に出没していた複数の盗賊団をいくつも壊滅追いやり、ビート領周辺の治安は格段によくなっていた。
この件もビート領の収益を増加させた要因である。
妹のアンジーは7歳になっている。
3年前からカミラに剣術を習い始めていた。
半年ほどカミラがエルフの国に行っていて習えなかったが、カミラが帰って来てからは付きっきりで剣術を習っている。
もちろんカミラのいない半年の間も自主練を欠かす事なく頑張っていた。
この日も庭でカミラと実践的な稽古をしている。
「いや!」「うりゃー!」
アンジーが凄い速さでカミラに切りかかっている。2人が持っているのは木剣なので切れる事は無いが当たれば大怪我してもおかしくない。
カミラはアンジーの斬撃を全て交わしている、しかも無駄な動きが一切ない。
「アンジー!振りが大きすぎます。無駄な動きが多いですよ!」
アンジーの斬撃をよけたカミラが軽くアンジーに斬撃をあてる。
「動きが遅いですよ!相手をしっかり見て観察するのです!筋肉の動きや視線を見ていれば相手がどう動くのか分かるはずです。しっかり見るのです。」
「はい!」
カミラはアンジーを軽くあしらっているが、二人の動きはとても速くて攻防を目でとらえる事が出来る騎士はこのビート領にはいない。
アンジーは7歳にして既にビート領の騎士に敵がいなくなっていた。
剣聖であるカミラ以外にアンジーの相手が出来ないのだ。
打ち合っていたカミラがゆっくりと剣を下した。
「アンジー今日はこれくらいにしましょう!」
「はい!師匠」
この3年、考えられない速度で成長していくアンジーを見てきたカミラは楽しくてしかたがなかった。
どんどん自分に近づいて来るアンジーを見ていると、早く全力で手合わせがしてみたくなってくる。
根が武人であるカミラはワクワクしてしょうがない。
2人はその後、稽古の汗を流して部屋で寛いでいると、アドルフがカミラを呼びに来てカミラを連れて執務室に向かった。
執務室に向かう二人の後ろ姿も見送っていたアンジーが何か思いついたようでニタニタ微笑んでいる。
「おじい様がカミラを呼び出したって事は何か面白い事(問題)があったに違いないわね!」
そう呟いた瞬間、アンジーは素早くカミラ達を追いかけていった。
『シュパ!』
アンジーの動きが速すぎて、まるで忍者のように消えた。
「アドルフ様、何事ですか?」
「たいした事ではないのだが、最近ドワーフ国の動きが怪しくてな」
「怪しいとは?」
「他国の鉱物資源を無断で採掘しているようでな、我がビート領の鉱山でもドワーフ風の者を見かけたという報告を受けているのだ。」
ビート領はドワーフの国アヘンバッハとの国境に接している。
比較的ドワーフとの交流も多いので街中でもドワーフを見ることは珍しくない。
「見間違いでは無いのですか?ドワーフは酒の事ではダラシナイ奴らですが、鍛冶師としてのプライドはとても高いので盗んだ鉱石で鍛冶などしないと思うのですが。」
ドワーフにとって鍛冶とは神聖なものである。
ドワーフ達は、火の大精霊イフリートから加護を授かり火を自在に操ることによって、他の人種では造る事の出来ない武器や防具を造り上げることが出来ている。
だから鍛冶師としてのプライドが高く、盗んだ鉱石で鍛冶をする事などない。
「ワシもそう思うのだが、実際に鉱山での採掘量がこの1年ほど減ってきておってな、それと比例してドワーフ達の目撃情報も増えているのだ。」
「そうですか・・。」
「そこでカミラにお願いがあるのだが・・・」
執務室の扉が勢いよく開いて腰に手を当てて人差し指をカミラに向けているアンジーが現れる。
「カミラよ!ドワーフ国に行って内情を探って来るのだ! ですよね?おじい様。」
「‥。その通りではあるのだが・・なぜ、アンジーがここに居るのだ?ノックもしないで。」
扉の外でアドルフ達の会話に耳を傾けていたアンジーは、話の内容に興奮して思わず扉を開け放ち声をかけてしまったらしい。
冒険者に憧れているアンジーにとってはしょうがない事なのかもしれない。
その部分は幼い時から何も変わっていない。
「おじい様!その任務に私も師匠と同行させて頂いてもよろしいですか? いえ、行きたいです。」
アンジーは目を見開いてじっとアドルフの方を見ながら伝えた。
「そんな事はダメ・・・・。」
アドルフが何か考えながらカミラの方を見る。
するとカミラが困ったような顔をしながら軽く顔を立てにふる。
「分かった!この任務はカミラとアンジーの二人に頼むことにする。ただしカミラの指示にはちゃんと従う事が条件だ!解ったな!」
「おじい様、ありがとう!]
アンジーがアドルフに抱き着いてお礼を言うと、アドルフの顔が崩れてしまった。こんな姿を部下や領民が見たらどう思うだろう。
「アンジー任務の邪魔だと思ったときは送り返すからな!しっかり付いてくるんだぞ」
「了解です師匠!てへぺろ」
アンジーが舌を出しながら笑顔で答える。
その姿を見たカミラはアーロンを思い出す。
城で特大バームクーヘン奪還作戦をしている時の様な雰囲気に少しカミラも笑顔になる。
「さすが!アーロンの娘だな。」
「師匠何か言いましたか?」
「いや、何でもない気にするな。準備を始めるぞ。」
カミラはアンジーと共にドワーフの国アヘンバッハに行く事になった。
その日の夜、アンジーの部屋の扉がノックされる。
「アンジー!フレイアよ入るね。」
「お姉さまどうしたの?」
「どうしたの?じゃないでしょ!又、勝手な暴走して!」
ドワーフ国の件を聞いたフレイアが心配してアンジーに会いに来たようである。
「任務の話聞いたんでしょ!大丈夫だから安心して!あたし強くなったの知ってるでしょ。楽勝よ!」
アンジーが鼻息荒くして仁王立ちした自慢していると、フレイアがゆっくりアンジーに近づいてきて頭に拳骨を落としてきた。
「イタッ!」
「イタッ! じゃないわよ。」
「やっぱり興奮して調子に乗ってたわね!あなたは直ぐに調子に乗ってミスをするのだから気を付けなさいとお姉ちゃんいつも言ってるでしょ!」
「・・・・ごめんなさい!」
フレイアはお調子者のアンジーの性格を見抜いて会いにきてくれたようである。
「あなたが努力して強くなったのはお姉ちゃんも理解してるわ。でも油断してると痛い目に合うんだからね。しっかりするのよ」
アンジーはフレイアに怒られて今にも泣きそうになっている。
いくらカミラ以外の兵士達より強くてもまだ7歳の女の子なので心は弱いのだ。
泣きそうなアンジーをフレイアがそっと抱きしめる。
昔からアンジーが泣きそうになるとフレイアが抱きしめて慰めてきた。
その光景は今もまた同じで何も変わってはいない。
「ほら!泣かないでしっかりしなさい。お姉ちゃんが応援してあげるから頑張ってくるのよ。」
「ぐすん。がんばってくる、ありがとう。」
さすがフレイアだ!
調子に乗ったままのアンジーが出発していれば早々にミスをしてビート領に強制送還されただろう。
物事の先を見通す力が凄い。




