第2話 一度目の死と転生
渡辺一郎
彼は何処にでもいる普通のサラリーマン。
40歳独身でこの数年は彼女もいない、ネット小説とアニメが好きなごく普通のおじさんだ。
朝起きたら、身支度をしてコンビニコーヒーを飲みながら職場に行き。
昼は社食でご飯をを食べて、仕事にもどる。上司に呼ばれて怒られたりもする。
仕事が終わればコンビニに寄ってビールとツマミを買って帰り、好きなアニメや小説に癒される。
そんなライフワークを送っている普通の40歳独身貴族である。
そんなある日、社員旅行で沖縄に来ていた一郎は同僚達と一緒にコバルトブルーの海の上をボートに乗って滑るように進んでいた。
「うちの会社って比較的ホワイトっすよね!課長。」
今年入社してきた後輩が話しかけてきた。
この後輩はかなり距離感が近いので一郎は苦手だった。
「最近はそうかもな、俺が入社した時はひどかったぞ。時代の変化じゃないか。セクハラ委員会やら、パワハラ委員会なんかも会社に出来たからな!中間管理職は大変ぞ。」
課長である一郎は上司と部下の板挟みで大変なのだ。
昔、自分が新人だった頃のような教育をすると、すぐにセクハラだパワハラだと若い社員からつつかれる。逆に上司は昔と同じように愛の鞭を振り下ろしてくる。パワハラという物は、若い社員にしか効果を発揮しないようだ。
「課長!沖縄に来てまで愚痴ですか?そんなだからその歳で独身なんですよ。」
これだ、最近の若い子は悪気が無く凄い言葉を投げてくる。
頭の中はどうなっているのか、考えてからの発言とは思えん。恐ろしい。
「おい!一応俺、君の上司なんだけどね。」
「え?でも今は仕事じゃないっすよね。一郎パイセン!」
一郎は思考を辞めた。
「ん・・そうだね。」
そんな話をしてるとボートが止まった。
今日はスキューバダイビングをしに来たのだ。
ライセンスを持っている者はスキューバダイビングを、持っていない者もシュノーケリングで楽しめるらしい。
もちろん俺はスキューバダイビングが出来ないのでシュノーケリングだ。
アニメ好きのインドアだが泳ぎには自信がある。
田舎育ちの一郎は実家近くの、ラフティングが出来るような川の激流で泳いで鍛えられているのだ。
「さぁ、泳ぐか」
一郎はシュノーケルと足ひれを手にコバルトブルーの海に勢いよく飛び込んだ。
『ザバーン』
沖縄の陽射しで暑い身体が海水で冷やされとても気持ちが良い。最高だ。
「気持ちー!生き返るー! ぐぁ~苦し~ぃ。」
一郎の胸が急に締めつかれたような痛みに襲われた。
一郎はバタバタ暴れているが、周りの皆はキレイな海に夢中で一郎に気付かない。
「だめだ、死ぬ。40歳なめてたは、準備体操も何もしてなかったな。若いつもりでいたけど弱ってたんだな。情けねぇな~」
一郎は海に沈んでいった。
誰にも気づかれないまま、そして意識を手放した。
一郎の意識はすぐに戻った。
目を覚ますとそこは、無数のロウソクが宙に浮き、炎を揺らしている広大な広場だ。
そして一郎の横には年老いた老人が居た。80歳をゆうに越えているであろう老人は前をジッと見ているようだ。
一郎も身体を起こし老人が見ている方に視線を向けると、そこには絶世の美女が立っていた。
一郎はその女性に目を奪われてしまっていた、その美しさは今まで一郎が見てきたどんな物よりも美しかった。この世に比べられる物など何も無いとまで思った。
一郎は大きく深呼吸をして、目の前の美女に質問してみた。
横の老人も頷いているようだ。
「貴女は誰なのですか?そして、ここは何処でしょうか?」
するとその美女は、けだるそうに二人に向かって答える。
「私は女神よ」
「あなたたちは死にました。分かったかしら?理解できたなら早く天国か地獄に行きなさい!」
どこかで聞いたような事を美女が言った。
「そうか・・やっとじゃな・・。」
横の老人は、何か納得したかのように頷いた。
するとそれが合図だったかのように老人の身体が光に包まれて消えてしまった。
「え?消えたよ」
一郎がビックリしてると
「何してるのよ。あなたも早く行きなさいよ!」
「あなた自分が死んだ事理解できてないの?まぁちょっとした手違いでさっきの爺さんと一緒に私が殺しちゃったけど問題ないでしょ!」
「ほんの50年程死ぬのが早くなっちゃたぐらいだしね。」
驚愕の事実を女神が言い放った。
「天界№1女神の私の手にかかって死ねた事を誇りなさい!」
この女神、顔はよいが性格悪そうだし言葉遣い最悪だ!
しかも、女神の手違いで一郎は殺されたみたいな事をいったうえ、開き直って誇りなさいときたものだ。
「え?・・・・・・!」
衝撃事実にフリーズしていた一郎は、なんとか意識を立て直し女神に文句を言う。
「よくねーよ!! 手違いってバカ言ってんじゃねー!」
冗談ではない。
死ぬはずじゃなかったのに、女神の手違いで殺されたんじゃたまったものじゃない。
まだ40歳だ、人生これから楽しいことがあるだろうし、まだ見ぬアニメや小説もあるだろう。結婚だってしてないのだ、まだ死ぬわけにはいかない。一郎は必至で抗議をする。
一郎の抗議を長く聞かされた女神がめんどくさそうに言ってきた。
「めんどくさい人間ね。分かったわよ生き返らせてあげるわよ!でもこの世界は無理よ、なんたってあなたの身体は海の底だからね。」
「生き返っても直ぐに死亡よ! プークスクス。」
「だから私が管理してる別の世界に転生させてあげるから文句いわないでよね。」
その言葉を聞いた一郎の表情が一変する。一郎のオタク魂に火が付いたのだ。
「なんですと!吾輩には今、別の世界と聞こえたのですが、つまり異世界との事でお間違いなかろうな!」
表情だけでなく口調まで変わった一郎を見て女神がドン引きしている。かなり気持ち悪いおじさんだ。
「何よ、急に気持ち悪いしゃべり方になって。ドン引きなんですけどー。」
「その様子だと問題ないみたいね、オタクのあなたにはピッタリだと思うわ。後のことは任せなさい、感謝しなさいよ。さようなら!」
女神のその言葉を最後に一郎は意識を手放した。