表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

ごーお

 

 ダリウスは侯爵家の子息ではなく、ただのダリウスとして伯爵家の騎士団に入隊し、訓練と職務に励んでいたのである。


 やがては武功を立てて僕のフィネを娶れるようにと、目標に向かって十四歳はひたすら突っ走っていた。


 ダリウスが入隊希望者としてシェルテル伯爵家の門を叩いた時、頭を抱えたのは伯爵本人だった。


 『魔神』と周辺国と国内から恐れられているレーナー宰相の子息が単身でやって来たのである。


 事情を聞いて更に頭を抱えた。場合によっては、シェルテル側がそそのかしたと言われても反論が難しい。もっと言えば、子息を誘拐したと訴えられてもおかしくないのである。


 追い返そうとしたシェルテル伯爵にダリウスが食い下がった。


 レーナー家とは縁を切ったこと。

 今は『神還り』ではなく『人間』であること。

 レーナー家の子として通っていた学園は退学したこと。

 身一つとなった自分だが、フィネを諦めたくないこと。

 神のようにはもう魔法は使えないが、それでも人間の中では魔法が得意であること。

 武功を立ててみせるから、この領に必要な人物になってみせるから、フィネとの将来を皆無にしないで欲しいこと。


「……君は、フィネに会ったことがあったかね?」


「いいえ。一方的にお見かけして以来お慕いしております」


 『神還り』は人間となっても、良く言えば素直で、悪く言えば直情的である。


 自分の子らでよく知っているシェルテル伯爵は、溜め息をひとつつき、条件を出した。


 一兵卒いっぺいそつとして扱うこと。

 フィネとのことはフィネの気持ち次第であること。

 今後、ダリウスが伯爵家の騎士団に入団したことについてレーナー家が何を言ってきてもシェルテル家は責任を持たないこと。


 全てに頷いたダリウスをシェルテル伯爵は受け入れた。


 約束通り、ダリウスはただのダリウスとして騎士団の下積みから始めたが、たぐい稀な魔法の使い手として、ぐんぐんとその地位を確固たるものにしていった。





 学園の長期休みに入り、クラウスとカールがシェルテル家に帰ってきた。

 学園は慣例的に男子は寮に入り、女子は自宅通学がほとんどだが、女子でも地方出身者などが寮生活をしている。


 到着したクラウスとカールは、邸内警備として立哨りっしょうしているダリウスを見て開いた口が塞がらなかった。

 突然学園からいなくなった友人が、自分たちの実家で働いているなど誰が想像出来るだろうか。しかも格上の侯爵家の子息である。


 いや、想像としては、フィネとの婚約話で実家と揉めて出奔したと聞いていたので、ダリウスはどこかの騎士団に入団し、武功を立てて騎士爵を受けてからフィネを迎えに来るつもりなんだろうなとは思っていた。

 妹の話を聞きたがり、時折、いや結構「僕のフィネ」と言いかけて照れて誤魔化していれば、流石に気が付く。


「まっすぐウチに来るかね……」


(ひね)りねぇな……」


 クラウスとカールは、レーナー侯爵家から幾度もダリウスの行方に心当たりはないか尋ねられても、自分たちは本人ダリウスから何も聞いていなかったため、何も答えられなかった。


 多い時には、朝ダリウス父(王宮出勤前)、休み時間ダリウス兄その一(王宮文官外回り中)、昼休みダリウス兄その二(王立騎士団巡回中)、夜ダリウス弟その一(カールの同級生同寮)に同じことを聞かれるのである。


 ダリウスから何か連絡はないか? と。


 ちなみにダリウス母は「男の子なんだから放っておきなさい。そのうち嫁と孫を連れてくるわよ」と静観の構えを見せながら、かなり早い段階でダリウスがシェルテル家の騎士団に入団したことを突き止め、シェルテル夫人にきちんと世話になる旨を挨拶していた。


 夫人たちの情報網の勝利である。


 そして、巻き込まれもらい事故の末っ子コンラディンは非常に聡明で、ひたすら沈黙を守った。何を言っても何をしても、自分こそがフィネの相手だとダリウスに対して主張していると取られかねないため、我関(われかん)せず、無関係を貫いた。(←九歳)


 そう、レーナー家はダリウス中心の家であった。


 ダリウス母がダリウスの居場所を夫に告げなかったのは、ひとえに怒っていたからである。

 (いち)を知ってじゅうを理解し百を成し遂げよと笑顔で部下に指示を出す宰相(魔神)としての立場ならば口を出すことはない。

 だが、息子は部下ではない。成人前だが、侯爵家子息として、また、男性としてきちんと根回しをして筋を通そうとしたというのに。可愛い息子の願いを聞き届けない父なんぞいらんと、地中でマグマがたぎるように怒っていたのである。


 そんなこんなで、シェルテル家の騎士団で無口ながらも馴染んでいたダリウスは、「パパが悪かったぁ~っ!!」と突撃して来たレーナー侯爵と兄弟たちに確保され、騒がしくレーナー家に連れ戻された。


 ダリウスはただでは連れ戻されなかった。

 その場でダリウスはフィネとの婚約を両家からしっかりともぎ取った。


 ダリウスは何事もなかったかのようにレーナー家に戻り、学園の編入試験を受けて難なく復帰し、半年のブランクをものともせずに優秀な成績で卒業して魔法省へ就職したのである。


 ダリウスはシェルテル騎士団では下っ端なので、あるじ一家であるフィネとは接点がほとんど無かった。

 だが、ダリウスは毎日一輪、その日綺麗に咲いている花を給金から買い求め、ちゃんと家令を通してフィネへと贈った。


 ほとんど接点はなくても、無口で無感動で無表情でも、フィネはダリウスのその情熱をきちんと知っていたのである。


 だから、フィネは父からダリウスとの婚約話を聞かされた時、ダリウスからはっきりと何か言われたわけではないが、自分の意思で婚約を承諾した。





「フィネ!」


 フィネの部屋にやって来たのは次兄カールである。


「カールお兄様」


「変なカードが部屋にあったと聞いた。他も調べるよ。いいね?」


「構いませんけど……お兄様自らですか?」


「当たり前。他のヤツにフィネの私室を探らせるもんか」


 大概シスコンである。


 調べていたカールが「うん?」と何かに気が付いた。

 窓から机を何度も見遣みやっている。


「いかがなさいました?」


「うん、魔力を感じるよ。窓から机にかけて。カードは誰か入室して置いたのではなく、魔法で届けられたんじゃないかな」


「魔法?」


 フィネは首を捻った。魔法と言われて思い浮かぶのはダリウスである。しかし、ダリウスだとしたら色々辻褄が合わない。


「まあ……恐らくダリウスだろうけど。カードの字も内容も、なあ?」


 教科書のお手本のような癖の無い字で書かれた『おまえの秘密を知っている』。


 フィネは引き出しからダリウスからもらったカードを一枚取り出した。このカードは、ダリウスがシェルテル騎士団にいる間、毎日くれた一輪の花に添えられていたものである。

 更にはダリウスがレーナー家に戻り学園に復帰してからも、週に一度は花とカードが届いた。

 フィネの引き出し二つ分のカードは、何枚あるのかもう数え切れない。


 書かれている内容はほとんど同じで、「フィネ・シェルテル伯爵令嬢へ、ダリウス」である。婚約してからは「フィネへ」と変わったが短くなっただけである。


「……うん、なんて書かれているか分かっていても読めない。名前だけのはずなのに」


 カールが遠い目をした。

 何でも感覚でこなしてきたダリウスは、ノートに字を書いて覚える必要がなく、また、引きこもっていたので文通する相手もおらず、とてつもない悪筆であった。いや、悪筆というのは違うかもしれない。書き慣れていない……とても幼い字を書いた。

 カールは「お前の絵とイイ勝負」と呟いたが、ドロテアに足を踏まれて口をつぐんだ。


「まあ、代筆してもらったとしても内容がな。お前のことをダリウスは「おまえ」って言わないしな。秘密を知っているなんて、女性に対してイヤラシイな」


 カールは、魔法のことはダリウスに聞いた方が早いと、懐から紙片を取り出して何かをさらさら書いた。その紙を窓から放つと、紙はぽうっと淡い光を帯び、バッサバッサと羽ばたいてダリウスの元へと飛んで行った。今の時間は魔法省でまだ仕事のはずである。


 カールも長兄のクラウスも、手紙を飛ばすくらいには魔法が使えるのである。同じ兄妹でもフィネとアリシアは魔法は使えないから、フィネは兄たちが羨ましかった。


 そのうちダリウスから返事が来るだろうから、カールはフィネの私室を確認し、他に異常が無いので引き揚げた。


 引き揚げる際に、扉の陰でカールがドロテアの旋毛つむじにキスを落としていった。


 いや、見えてるし。

 やれやれとフィネは苦笑いした。


「ではフィネ様。ダリウス様からのお返事が来るまで、刺繍します?」


「ええ、そうするわ」


 来月、フィネは学園を卒業し、その翌週にダリウスと婚姻する。その挙式に着る婚礼衣装の仕上げに、フィネは自ら刺繍をしていた。

 意匠を決めたのはフィネだが、図案は母とアリシアが引いた。

 フィネは自分で引きたかったが、母が頑なにそこだけはやらせて欲しいと譲らなかった。「そういう芸術性はドレスにはいらないの」という母の小さな呟きはフィネには聞こえず、その隣でアリシアが壊れた人形のように首を振って頷いていた。


 かくして、フィネは白を基調にしたドレスに花の刺繍を刺していた。ひと針ひと針、心を込めて。

 学園へ行く時間や新居への引っ越し準備もあり、刺繍が出来る時間は一日の内でそう多くは取れない。それでも根気良く刺し続け、まもなく仕上がるところまできていた。


 花嫁の婚礼衣装がどのようなものかは、花婿には当日の挙式まで内緒にしておくものである。


 きっと驚いて喜んでくれる。

 ハンカチの時は、渡した時に神の性質は発現した。だからきっと、式の時、ダリウスの手を取ったら。


 フィネは、驚きと喜びの顔をするダリウスを想像しながら刺繍を続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ