7話「再臨」
物語の都合を整えるため、少々前回の最後の文を編集しました!
それに伴い、章の区切りが悪くなってしまったので、前回の話までが序章という形になります
実質的にはこの話が一話ということになります!
10年前、このあたりの村では大きな事件があった。魔族が出現したのだという。魔族が表れること自体はそう珍しいことではない。それに"断裂層"の近くの村ともなれば、頻繁に討伐の依頼が街へと出される。
しかし、事件はそう一筋縄ではなかった。いつものように小銭稼ぎのつもりで依頼を受けた討伐隊は誰一人として帰ってくることはなく、戦闘が行われたと思われる場所にはいくつもの死体が折り重なっていたという。
そしてその後、魔族はどこかへと姿を消し、未だ討伐は果たされていないという。
そんな強力な魔族が人間の大陸に現れたことなど前代未聞で、その知らせは瞬く間に周知されていき、人々を恐怖へと陥れていった。
当初ははした金の依頼だったにもかかわらず、今となってはその魔族の痕跡を見つけるだけでも大金が支払われると、街では有名な依頼となっている。
今日もまた、一つ調査団が派遣されていたが、なんの手がかりをつかむことはできず、一日を終えようとしていた。
「じゃあ、俺たちは寝るから、お前は明日までに全員分の水の準備をしておけ」
食事を終え、後は寝るだけとなった調査団長は傍で控える少女に指示を出すと、返事を待たずに天幕へと向かっていった。
それに続くように団員の男たちも同じ天幕の中へと消えていく。
暗い岩場に一人残された漆黒の髪の少女、ラティファは辺りを見回した。
この場に残されたのは最低限の灯りと、辺りに散らばる晩餐後の食器のみ。直接言われてはいないが、これらの後片付けも少女の仕事だということはたやすく想像できる。
(これも仕事ですから…)
ラティファはこれも生きるためだと自分を納得させ自分を鼓舞する。
ラティファは戦士ではない。戦闘に参加することはできない代わりに、給仕や寝床の準備などの雑用をする。ラティファはそうやって遠征に同伴していた。
仕事だとは言え、普通なら文句の一つでも言いたくなる状況だったが、ラティファは黙々と皿を一つ一つ丁寧に拾い上げ、小脇に抱えていく。
(褒めてくれるでしょうか…)
ラティファの脳裏には両親の顔が浮かんでいた。
すべての食器を回り、一つにまとめ終わったころには天幕からは男たちの豪快な笑い声が響いていた。
***
近辺に流れていた川と、拠点の往復を何度か終え、水が目標の量に達した時には、すでに草木も寝静まっているほど夜も深くなっていた。
近辺と言っても歩けばそれなりに時間はかかるし、水の入ったバケツをもって移動することは、体の鍛えていないラティファにとっては相当な重労働だった。
しかし、残す往復もようやく一回となり、この仕事が終わればようやくラティファにも休息の時間が訪れようとしていた。
最後の往復のために川へと向かっている途中、ラティファは一つの違和感に気づいた。
ラティファの耳に微かに水音が届いた。
音はちゃぷちゃぷと短い間隔で同じテンポを刻んでいる。
「な、何ですか…?」
前の往復では聞こえなかったはずの音にラティファの鼓動は早くなる。
一瞬聞き間違いかとも思ったが、今は静けさに包まれており虫の音一つも聞こえない程だ。そんな中でも水音だけはラティファを誘うように鳴っている。
不気味にも思えた音の主に近づくべきではないという考えと、10年前の手がかりが見つかるかもしれないという二律背反の考えが、ラティファを惑わせていた。
悩みの末に、ラティファは音の鳴る方へと恐る恐る近づいていった。
歩を進めるごとに少しずつ音は大きくなっていき、微かだった音もはっきりと聞こえるようになっていた。
ゆっくりだが、川へとたどり着いたラティファは、あっさりとその音の主を発見した。
川辺にせり出したひときわ大きな岩。そこには水辺に腰を下ろした小さな人影が一つ存在していた。しかし、フードを被っていて、横からではその顔は見えない。
ボロボロのコートの上からでも見えるその体つきは、非常に細く、儚げな印象を与えている。
足をパタパタと前後に揺らし、水面を蹴る。僅かに飛沫を上げた水はラティファをこの場所へと招いた音を発生させている。
「こんなところで何をしているのですか?」
緊迫感から早く解放されたいと考えたラティファはその人影に話しかける。
「うーんと、留守番…かな?」
発せられた声は鈴が鳴るように美しく、意外なものだった。
たった一言だけだったが、ラティファは聞き惚れてしまいそうだった。
だが、その内容は非常にのんきなもので、緊張していたラティファの心は冷や水をかけられたように一気に落ち着きを取り戻していく。
「留守番…?」
「姉さんを待ってるんです。食べ物を持ってくるからといってどこかへ行ってしまって」
その顔が対岸の森の中へと向けられる。おそらく姉が向かった方向を指しているのだろう。
「あ…ごめんなさい、名乗りもしないで…」
フードを被った人物が初めて振り向いたことでようやくその顔が見える。
美麗な声に似あった顔立ちをしている女性だった、フードから覗かせる空色の髪と同色の瞳は月明かりに照らされ、まるで光っているかのように明るく、綺麗だった。
女性はよいしょと小さく呟き、その場から立ち上がるとラティファのもとへと小走りで寄ってきた。
スカートから覗かせる足は水で濡れて、少女がラティファのもとへ歩いてくる際に小さく足跡を作っている。
見た目に反して幼い仕草をとる女性は綺麗というよりも可憐という表現の方が適していそうだった。
「私、コレットと言います」
慌てた様子で頭を下げる少女はそう名乗った。
前回からも時系列が結構飛んでますが、序章の初めの10年後であるこの時系列がお話の本筋になります!
これまで色々と時間が飛んでいましたが、もう落ち着きます…!
良かったら評価してやってください!筆者が飛んで喜びます!