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半人の魔姫  作者: duce
序章「半魔の少女」
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3話「蹂躙」

 大きな金属音が一帯に響いた。

 「なっ…!」

 討ち取ったと思っていた戦士は予想外の衝撃に目を見開いた。

 余裕の表情を浮かべていた周囲の者も次々とその表情を驚愕したものへと変化させていく。

 

 振り下ろされた刃をフローラは受け止めていた。しかも片手で。


 その一瞬で討伐隊の戦士達は恐怖を覚えていた。

 先ほどまではまさに瀕死の状態だったはずの半魔の女は、いつの間にか乱れていた息が整い、フラフラとしていた足元は刃を受け止めてなおピクリとも動いていなかったのだ。

 何より、彼らが恐れていたのはそんな様子の変化ではなく、フローラの容姿の変化だった。


 小さかったフローラの角ははっきりとその存在を示すかのように伸びており、人間と何ら変わりなかった体からはトカゲのようなしっぽが生え、背面からは大きなコウモリのような翼が人間達を威圧していた。

 その姿は誰が見ても口をそろえて魔族と言うだろう。


 「ありがとう、コレット…少しの間『眠っていてね』」

 そんな容姿には似つかないほどの優しい声と共に、フローラの瞳から淡い光が発せられる。

 死の恐怖によって強張っていた妹の華奢な体はフローラの言葉の通りに、みるみるうちに脱力させていくと、ついには完全に身体を姉に寄りかからせたまま、完全な眠りに落ちた。


 妹が眠ったことを確認するとフローラは瞬きを一つした。現実では一瞬だったのかもしれないが、戦士達にはその動作が静かで、ゆっくりとしているように感じられた。

 再び開いたその眼は数刻前の空色の瞳とは打って変わって、血のように赤く染まっている。その視線は周辺を包囲している人間達など気にも留めていないようで、光を収めてなお愛する妹の寝顔に注がれていた。その姿は変化した禍々しい容姿とはかけ離れた聖母のようにも見える。

 そんな差異もまた、周りの人間に不気味な印象を与えていた。


 一気に張りつめた空気が漂う戦場で、次に動いたのはフローラだった。

 「少し待っててね」

 相変わらず優しい声を放つフローラが刃を受け止めていた手を無造作に振り払うと、振り下ろしていた男もろとも宙に舞った。

 「うわああああ!」

 投げ飛ばされた男は他の人間達の頭上を通り越し、そのまま"断裂層"に飲まれるように谷底へと落ちていった。


 「ば…化け物…!」

 戦士の一人がそう叫ぶ。しかし、フローラは気にする様子もなく、抱えていたコレットをゆっくりと地面へと横たえると、今度はフローラからコレットへと口付けをした。

 

 「お前たち…かかれ!」

 討伐隊のリーダーと思われる男が号令をすると、包囲していた戦士達が一斉にフローラへ襲い掛かる。

 それを迎え撃つようにフローラも敵を見据え、立ち上がる。


 戦闘は一方的だった。

 フローラが腕を振れば戦士たちは吹き飛び、戦士達の攻撃はどんな連携を重ねても、フローラどころか、彼女の長い髪にすら捉えることができない。後方からの狙撃も驚異的な反射神経により、見切られてしまう。

 圧倒的な戦闘力の前に戦士たちは一人、また一人と数を減らしていった。


 「なんなんだこいつ…こんなの普通の魔族じゃない…」 

 味方が蹂躙されているのを見てリーダーの男が呟いた。

 この討伐隊は決して弱いわけではない。魔物の討伐に何度も成功している。そんな歴戦ともいえる戦士たちが一人の魔族に手も足も出ていない。目の前の怪物は文字通り、格が違っていた。

 一人での戦闘力において人間は魔族にはかなわない。このまま討伐隊が数を減らしていけばそれだけ討伐隊は不利になっていく。そうなる前に何か手を打たなければならない。


 「ぐあああああ!」

 戦士の一人がまた、宙を舞った。

 これで号令と共に突撃をしていった前衛は全滅。残されたのは後衛に回っていた二人とリーダーの計三人のみとなっていた。


 「あとは、貴方達だけよ」

 長く伸びた前髪から覗かせる真紅の瞳が後方の狙撃部隊に向けられる。

 フローラが一歩踏み出したかと思うと、離れていた距離は瞬く間に縮み、その一人の懐に拳が叩き込まれる。その衝撃で内臓がつぶれ、また一つその命を散らした。


 「くそっ…!」

 もう一人の弓使いがフローラに向けて矢を放つ。狙いはその俊敏な足だった。さっきとは違い、フローラとの距離は格段に近い。いくら反射神経に優れていようとも回避は不可能な一撃だった。


 フローラの足に矢が突き刺さるその瞬間。フローラの身体から稲妻が発せられ、弾けた。それは、人間では決してたどり着くことができない魔術の行使だった。

 小さな爆発の衝撃で矢は明後日の方向へと弾け、弓使いの決死の一撃はいとも容易く防がれたのだった。


 「嘘…だろ…」

 気づけばフローラと弓使いの距離はなくなっていた。フローラは何の感情も宿していないかのような表情で弓使いを見下ろしていた。先ほどまで人間達が向けていた、慈悲の欠片も含んでいない表情。

 再びフローラの身体から電撃がほとばしり、弓使いに狙いを定める。絶命させるのに十分すぎる一撃が放たれるその瞬間。


 「動くな!」

 響いた言葉が放たれようとしていた電撃を制止する。

 その言葉は二人のものではなかった。声の方向に目をやるとそこにはリーダーの男がコレットのそばに立っている。

 男は懐から短剣を取り出すと切っ先を眠っているコレットの喉元に突き立てた。


 「へへっ、動いたらこいつがどうなるかわかるな。」

 人質をとったからか男の顔には下卑た笑みが戻ってきている。

 

 「汚らわしい…」

 妹が人質に取られていてもフローラは焦りを見せることはなく、嫌悪の感情をあらわにしていた。

 純粋な妹のそばでそんな汚い表情を晒していることが気に入らなかった。


 「この程度の言葉で脅しとはね」

 フローラの瞳から再び青白い光が発せられる。それは妹に向けられていたものとは違い明らかな敵意を含んだものだった。


 「『妹を放しなさい』」


 お手本を見せるかのように、冷たく放たれたその言葉は男の精神に直接刺さり、行動を縛り付ける。

 「ぐっ、なんだよ…これ…」

 意思に反して、男の体は勝手に短剣を捨て、眠っている少女から距離を取っていく。

 

 フローラは再び鉄のような無表情を戻すとコレットを大切に抱きかかえ男に近づいていく。

 「命令よ、『あの弓使いを殺して、その後自決しなさい』」

 淡々とそれだけ言うとフローラは興味が失せたように戦場に背を向ける。

 

 「それが貴方達の報いなの。今まで私達を排斥してきたことのね。」

 フローラは翼を広げるとコレットと共に"断裂層"へと飛び込んでいった。

 背後からは誰かの叫び声が聞こえた気がしたが、フローラは一瞥もすることはなかった。

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