23話「仕えるための命」
「おい、この子って…」
昼過ぎの森の奥、二人の男たちによって一人の少女が発見されていた。
「あぁ、間違いない。ミレイア様の娘さんだろう」
男たちはミレイアからの命により数日前に失踪したミレイアの娘、ラティファの捜索を行っていた。突如として消えた少女が見つかったのは屋敷の付近にある森の奥深くだった。少女は地面にうつ伏せに倒れており、その目が開かれる様子はない。
男たちの一人が少女の手首から脈を測り生死の確認をする。
しかし、一つため息を吐くと首を横に振った。
「だめだ…脈がない。残念だが時すでに遅かったようだ」
触れた少女の身体からは一切の温度を感じなかった。力尽きているように見えてもその身体は硬く、少女がこと切れてから相当な時間が経っていることがうかがえる。
「どうする?連れて帰るか?」
「…いいや、こうなってしまったらそのままにするようにミレイア様から言われている。可哀想だが連れて帰ってあげることはできない」
「そうか…」
男たちは少女に向かって目を瞑り、短く祈りを捧げると、捜索を引き上げる準備に取り掛かった。
「それにしても、ミレイア様は無念だよな。唯一の家族だった子も失っちまうとは」
「…いいや、無念なのはこの子だろ。噂ではミレイア様は新しく小間使いを雇ったって話だぜ。さんざんこき使われた挙句にまるで捨てられたような扱い。俺だったら死んでも死にきれないさ」
ミレイアが娘のラティファを各地に駆り出していることは、同じくミレイアに雇われている者の中でも有名な話だった。使えるものならなんでも使い、使えなくなれば容赦なく切り捨てる。それがミレイアという女なのだ。
「まぁ、俺たちも精々こうならないように頑張るとしようや」
二人は神妙な面持ちで、ラティファを一瞥するとそのまま来た道を戻っていく。木々のざわめきの中、残されたのはただ静かに横たわる少女だけだった。
やがて男たちの姿が見えなくなると、少女の死体が黒く染まり、地面に溶けていった。
黒い水たまりとなった少女の影はまるで意思を持つかのように地面を進んでいき、そのまま木を這い上がると、そこにあった人影と一つになった。
「これで一件落着かしらね」
男たちの様子を木の上から見ていたフローラは一仕事を終えたというように小さく息を吐く。
「…それが貴女の手に入れた力なのね」
フローラは静かに隣で佇む黒髪の少女に声をかける。影が辿り着いた先はついさっきまで死体としてあった少女と瓜二つの姿をしたラティファ本人だった。
「はい。私は影を自在に使役することができるようです。不思議と使い方も手に取るようにわかるようです」
コレットによって魔族化した者はフローラのように強大な力を得るとともに、常軌を逸した能力を行使できるようになるようだった。ラティファも例にもれず、魔族となってから一つの異能を開花させていた。フローラの異能が"相手の精神の介入する"事ならばラティファの異能は"影を操ること"だ。
先ほどの少女の死体もラティファが自分の影から作り出した偽物であり、本物であるラティファの心臓はしっかりと動いている。
「フローラ様、色々と計らっていただきありがとうございました」
ラティファはフローラに対して丁寧にお辞儀をした。
ラティファが魔族となる直前に家を離れたフローラはその身でミレイアの屋敷へと向かった。ラティファが仲間となったとは言っても、ミレイアに自分たちの存在がばれてしまったことは事実だ。詳細は分からなくとも、時間をかければ住処の場所が突き止められる可能性は十分にある。
だからこそフローラはラティファを迎える最後の仕上げとして、ミレイアの元へ赴き、あの日の記憶を奪った。
ミレイアの心に入り込み、ラティファから受けた報告やラティファが飛び出したという出来事に関しての記憶を完全に封じ込めることにした。
これにさっきの男たちの報告が加われば、ミレイアの脳内ではラティファは調査からは戻らず、途中で行き倒れてしまったという認識になるだろう。
本来なら自分で処理すべきことをフローラが協力してくれたことで、円滑に事を進めることができたのだ。
「私は感謝されるようなことはしてないわ。元々ラティファちゃんと母親の関係に綻びができていたのは確かに事実だけれど、それを崩したのは私なのだから…。今貴女が思っていることについても私なりの罪滅ぼしのつもり」
フローラは珍しく神妙な顔つきをしていた。フローラにとって絶対的な優先事項はコレットの益になるかどうかであり、その手段はどんなことであっても厭わない。それは今もこれからも決して変わることはないが、フローラはもっといい手段があったのではないかと心のどこかで感じていた。
わざわざラティファの心を壊さなくても味方に引き入れる手段はあったかもしれない。
そんな気持ちが懺悔の言葉に込められていた。
「…ふふっ」
言葉にはそんな要素は少しも含まれていないはずなのに、ラティファは自然と笑みがこぼれていた。
「…?どうして笑っているの?」
「いえ…すみません。そのような表情を見せていただけるなんて思いませんでしたので」
家族であるコレット以外には冷徹で、感情を見せないフローラがラティファにも違う感情を見せている。自分がフローラにとっての家族として認められているような気がしてラティファは嬉しかったのだ。
「…私、そんなに無愛想に見えたかしら?」
「てっきり私には興味すら無いものだと思っていました」
「あら、心外ね。私だって自分なりに仲良くなろうと思っていたのだけど」
ついこの間までの関係ではありえないような軽口が交わされ、二人の間は軽く笑いあう。
「でも…貴女はこれで本当によかったの?」
ラティファは新たな人生を歩むことを決めた。ただ、フローラにはまだ気がかりなことがあった。
「はい、人間の私はあの夜に死にました。もうあの家に残してきたものはありません。今の私にはコレット様と、フローラ様こそが全てです」
「いいえ、私が聞きたいのはそのことじゃないわ。コレットと私のことをわざわざ"様"と呼んで慕ってくれるのはとても嬉しいのだけれど…それでは以前の貴女と変わらないように思えてしまってね」
魔族化をしてからラティファは二人に忠誠を誓っていた。家族というよりも、召使いの立場を望んだのだ。関係からすれば母との関係と同じに思えたフローラはその理由を尋ねていた。
「…私は本来であれば、あの夜に死ぬはずでした。捨てられた道具として誰の目にも止まることなく…。しかし、コレット様とフローラ様はそんな私を見捨てないでくださった。一人の人として、生きる意味を与えてくれたのです。意思のない道具ではなく、今度は命あるものとして、私は救っていただいたこの命が尽きるまで、あなた方にお仕えすることを決めました」
フローラの目の前でラティファは自らの意思を宣言する。もう、そこに人間の頃のような迷いはない。
「あの子は貴女と対等な関係であることを望んでいたみたいよ」
「それだけは譲れません。私を拾ってくださったお二人の事を対等に見るだなど…そんな恐れ多いことはできません」
「変なところが強情になったのね…。なら、ラティファちゃんのやりたいようにすればいいわ。私も無理に変えろだなんて思っていないもの」
フローラもラティファの強い意志を受け取ったのか、これ以上食い下がることはなかった。
「さて、そろそろ帰りましょうか。コレットが待っているわよ」
木の幹を軽く踏み込み、翼を広げたフローラは飛び立つ前に"それと"と言葉を挟む。
「そういうのはこれから時間をかけてゆっくりと育んでいくものだからね」
そういうと今度こそ飛翔をすると家の方向へと向かっていった。
「…はい!」
時間をかけてゆっくりと。フローラが何気なく言った言葉にラティファは胸を躍らせて、フローラの後を追いかけるのだった。
これで約半年続いていたラティファちゃんの章は終了となります!
次の章ではようやくタグにもある勇者が登場する予定です…!
その前に一つ幕間のようなものを挟むかもしれませんので、よろしくお願いします!
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