表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半人の魔姫  作者: duce
一章「使い物の命」
21/24

20話「希望という幻覚」

 降り出した雨の中、ラティファはずぶ濡れになりながらも屋敷の玄関前に立っていた。

 コレット達のいる廃村から王国までは徒歩では丸一日かかる。ラティファはフローラから受け取った魔力片を腰に巻いたポーチに入れると、フローラの気が変わらないうちに報告をしようと、長い帰路をほとんど休むことなく歩き続けた。フローラの魔力片はそれだけでも相当の力があるのか、途中で遭遇した獣も怯えるように逃げていくばかりで、襲われることはなかった。

 そのため、普通なら丸一日かかるような距離だった帰路も陽光の名残が残っているうちにラティファは屋敷へと戻ることができた。


「……」


 玄関の大きな扉の前に立ちラティファは考える。なんの犠牲も払うことなくフローラの痕跡である魔力片を入手することができた。これは魔族調査における最高の成果だと言えるだろう。しかし、ラティファ心は素直に喜ぶ気持ちにはならなかった。

 調査の報告をすればラティファの目的は達成される。だがそれは、コレット達の情報を人間達に渡してしまうことを意味している。この情報がきっかけとなって二人の居場所がばれてしまえば二人は再び人間から追われる生活を強いられることになるだろう。コレット達は人間達に危害を加えようとはしていないというのに。

 自分の目的のために姉妹を差し出すことをラティファは快く思っていなかった。


 それでもラティファが戻る選択をしたのは母を諦めきれなかったからでもあるが、その他にももう一つ理由があったからだった。

 今回を最後に調査を切り上げることを母に頼み込むのだ。二人は危害を加えられなければ人間に手を出したりはしない。そのことを説明すれば調査をする意味もなくなるのではないか。すべては年端もいかない少女の夢物語にしかすぎないが、ラティファは自分の気持ちに素直であった。


 意を決して扉を開けると見慣れた光景が広がる。幼いころから変わらない景色であるはずなのにラティファの心は落ち着く様子はない。大きく脈打つ心臓の音は今にもラティファの身体から飛び出してしまいそうだった。

 そんな感情を振り切るようにラティファは廊下を進んでいくと、あっという間に母のミレイアがいる居間にたどり着いた。

「ただいま戻りました。お母様」

 ミレイアが座っている机まで行くと、ラティファは頭を下げながら言った。

 顔を上げると、そこにはラティファの知る母の顔ではなく、冷徹な表情をした女がこちらを見つめていた。

「…遅い。いつもの場所ならあと一日は早く戻ってこれたでしょ?」

 ラティファはその言葉を聞いて下唇を強く噛む。

 やはりラティファが望んだ言葉は母の口からは発せられなかった。



 いつものように浴びせられる無数の小言もこれで最後だと自分に言い聞かせることで何とか耐えることができた。

「それで?正体はわかったの?」

 ミレイアの問いにラティファは息をのむ。本来の目的である"魔族と思われるなにか"の正体はラティファが遭遇したあの巨獣である可能性が高い。しかし、今からする報告はそうではない。

「お母様に渡したいものがあります」

 ラティファはポーチに手を入れると妖しく光を放つ結晶体を取り出した。

「これは…?」

 ラティファはミレイアの目の前にその魔石を置くと、調査の報告を始めた。

「廃村付近の森で私は魔族の女性に出会い、会話をしました。その結果、十年前に断裂層で現れた魔族は彼女であることが分かりました」

 報告の言葉はすらすらと発せられる。以前のように胸の奥に感じる締め付けられるような違和感もない。フローラの言葉通り、ラティファのに課せられた鎖は消え去ったようだ。

 しかし、ラティファはコレットについては話すつもりはなく、フローラについてのみで、それも簡潔で端折った内容にするつもりだった。母に満足してもらいつつ、不必要な情報を話さない。ラティファは持てる思考力をすべて使い、報告の内容を吟味していた。

「彼女にはとても大きな力があります。私でもわかるほどに強大な……私が見ることができたのはほんの一部だったと思いますが、それでも圧倒的で普通の魔族の比ではありませんでした。この結晶は彼女の魔力の欠片です。国の研究機関にこれを渡せば十分な痕跡となると思います」

 ラティファはそこまで言うと、口を閉ざした。

 これで報告は終わりだ。あとは母がどう判断するかを待つだけ。


 ミレイアは置かれた魔力片をつまみ上げ、まじまじと見つめる。そして、しばらくすると口を開いた。

―――だがミレイアの発した言葉は、ラティファの予想を大きく裏切ったものだった。

「そう、じゃあ次の仕事だけど…」

「えっ……」

 ラティファは驚きの声を上げた。

 確かにラティファはフローラに言われた通りに行動し、人類という枠組みから見ても賞賛されるべき結果も出したはずだ。それなのにミレイアはまるで気にしていないような反応だった。いままでの自分の頑張りを否定されたように感じてラティファは目を潤ませる。

 そんなラティファの様子を無視してミレイアは話しを続ける。


「この結晶だけではダメよ。あなたが持ってる情報を全て国に報告してきなさい。その身で経験したすべてを余すことなく報告すればきっとさらなる富と名声を得ることができるでしょう?」

「そ…んな…」

 ラティファは変わると思っていた。冷たかった母は「よくやった」と微笑みかけ、ラティファとの親愛の情を取り戻すきっかけとなる日だと、そう確信していたのに。ラティファを見据える母の目は今までと何ら変わらない絶対零度の瞳だった。

 これで終わりときが緩んでいたからか、ラティファの頬には悔しさと悲しみが入り混じった感情が涙となって伝っていた。

「こんなもので満足してもらったら困るわ。魔族の根城の調査に討伐の援護、さらなる魔族の調査。他にもまだあなたがすべきことは山のようにあるのだから」

 そんなラティファに畳みかけるように投げかけられる母の言葉はまさに欲に取りつかれたものだったのだ。

 ラティファは今までの人生のほとんど全てを母のために費やしてきた。冒険者であった父はラティファが物心のついた時には既にこの世を旅立ち、家族と呼べる人物は母のミレイア一人だった。だからこそ、母の要求に応えるために様々なことを学び、休むことなく身体を動かし続けた。そうすることでいつかは訪れるはずの母からの愛を待っていたのだ。


 母が自分に期待していないことは分かっていたが、それでも自分のことを見てくれているのではと思っていた。

 しかし、今の母が求めるものは金であり、名誉であった。それ以外に母の心を動かすものはない。それは唯一の娘であるラティファでも例外ではなかった。


「…できません」

 これでも駄目だというならせめてもう一つの願いだけは通そうと、ラティファは涙で震える声で呟いた。

「できないって、何を?」

 ミレイアは眉間にしわを寄せ、一層低い声でラティファに問いかける。

「…彼女は、彼女達は人間傷つけようとは思っていません!彼女は森で遭遇した巨獣から私の命を救ってくれたのです。そして彼女と話しているうちに、私は知りました。彼女はただ平穏な暮らしをすることが目的であると!私は…彼女から受けた恩を仇で返したくはありません…」

 ラティファは母の放つ圧力に押しつぶされないように必死に訴えかける。

「富を築くなら他にも方法はたくさんあるはずです!だからどうか…調査から手を引いてもらえないでしょうか」


 ラティファの泣くような懇願を聞いてミレイアは一つ息を吐いた。

「……そんなことは関係ないわ」

 その一言で、ラティファは全身の力が抜けていくのを感じた。

「その魔族が害意を持っていようがいなかろうが、どちらでも私には関係ない。目の前に巨万の富を築く手段があるのだから、それをみすみす見逃すはずがないでしょ?」

 軽々とそう言い放つ母の瞳は黒く淀んでおり、視線はもはやラティファを捉えてはいなかった。

「あなたは私の言うことに従っていればいいの。そこには貴女の意思は求めてないわ」

 ラティファは今度こそ絶望するしかなかった。

 自分が今までしてきたことは何だったのか、母に認めてもらうための日々は一体何だったのか。

 そんな思いが頭の中を埋め尽くし、視界が暗く歪んでいく中、ラティファは頭で考えるよりも早く飛び出していた。


「何をするの!?」

 ラティファは無我夢中でミレイアの手からフローラの魔力片を奪い取ると、そのまま家を飛び出す。

 途中、ミレイアの怒号にも似た声が聞こえたが、ラティファは一度も振り返ることなく再び降りしきる雨の中へと消えていった。

お久しぶりです…!

こんなスローペースな筆者の作品を読んでいただいている皆様には頭が上がりません…!

いよいよラティファ編も大詰めですのであと少し見守っていて下さい!


良かったら評価してやってください!筆者が飛んで喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新待ってました! ラティファさんもいよいよってことですよね!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ