1話「悪夢(1)」
コレットは夢を見ていた。
まるで自分を主役にした作品を見ているように俯瞰していて、それでいて現実のものかのように錯覚するほど鮮明に村での記憶が蘇ってくる。
コレットとフローラは居住する場所を転々としていた。同一の場所に長く住んでいればそれだけ正体がばれてしまう危険性も高まるからだ。二人には小さな角が確かに存在している。フードを被り見られないようにしているが、それでも村人に完全に溶け込むことなどできない。恰好に疑問を抱かれる前、長くとも半年を目途に次の村へと移住をする。そんな生活を強いられてきたコレットには人と交流する機会がなく、それまで友人と呼べるような間柄になった人間はいなかった。
そんなコレットに出来た初めての友人。それがクララという少女であった。
コレットが村に来て間もない頃、村で迷ってしまったことがあった。この村は簡単に魔族に発見されないように森の中に作られている。そのため少しでも村を離れると辺りに広がるのは同じような木々ばかり。
その日一人ですることもなく、ふらりと出かけたコレットにはまだ土地勘というものはついておらず、無力にも迷子という結果に陥っていた。
いくら歩いても変わらない景色と自分が今、村に向かって歩いているのかさらに森の深くに進んでいってしまっているのかもわからない状況に、コレットはついに足を止めてしまった。
――どうしたの?迷子かな?
そんな時に声をかけてくれたのがクララとの出会いだった。
それがきっかけとなり、二人は言葉を交わす仲になった。他人との交流は基本的にフローラが行っていたため、姉以外と話すことはコレットにとって新鮮に感じられた。
初めのうちはぎこちない会話ばかりだったが、二人が同い年であると判明してからは急速に仲が発展していった。様々な地域で暮らしてきたコレットの話はクララには輝かしいものとして映り、クララの村での生活はコレットにとって胸躍る内容であった。
さらに、時間があるときは二人は近くの草原に出ては、日が暮れるまで思いつく限りの遊びをした。
昼間はクララとヘロヘロになるまで遊び、日が暮れたら姉と一緒に夕食を食べながら、どんなことをして遊んだかを話す。これまで色褪せた日常を送っていたコレットにとって、そんな日々はまさに絵にかいていたような生活だった。
そんな日々の崩壊はいつも通りの遊びの最中に起きた。
その時二人は互いの夢について話していた。
――クララは将来はどんなことをしたいの?
――私、勇者になって、コレットや村のみんなを守りたい!
いつも通り他愛のない話のつもりだったコレットはそれを聞き、凍り付いた。
人間は本来戦闘向きの種族ではなかった。生まれつき魔術の適性があり、身体能力も大きく向上する魔族に対抗するには、人間は戦闘のために人生を捧げるつもりでないとまともに戦うことも許されない。
そのため、人間は莫大な対価の代わりに、戦闘に身を置く者を募ることで、戦力を確保していた。それが"戦士"と呼ばれる職であった。"勇者"とはその中でも指折りの実力者のことを指す。
クララはそんな人間になりたいとい言っていた。コレットとフローラがまさに恐れる対象に。自分の夢を話すクララは琥珀色の瞳を輝かせ、その表情は純粋そのものだ。今はなしている相手に魔族の血が通っていることなど思いもしていない。
だからこそコレットはすぐには返答できなかった。
命の危険のある夢だから、達成には途轍もない努力が必要だから、様々な思いがコレットの中にはあったが、それ以上に戦う対象には自分も含まれているのだという事実がコレットの言葉をせき止めていた。
――待ってる…ね
それが必死に絞り出した返事だった。成功するようにか、はたまた失敗するようにか、返事に込められた意味はコレット自身にもわからなかった。
しかしそれを応援してくれているととったクララは笑顔を煌めかせると、コレットに抱き着いた。コレットは姉とは違った勢いのある抱擁に外れそうになったフードを押さえる。
――次はコレットの番だよ!
――私は…姉さんや、クララと一緒に暮らしていたいな。
それを聞いてクララの声がまた一段と上ずったものになる。抱擁も一層強まり、コレットはついに草原へと押し倒されてしまう。
――私も!何年も、何十年も先もずっと一緒にいよう!約束ね!
クララのものと比べればずっと現実的に聞こえるコレットの夢は、その実叶うはずのない夢でもあった。そもそも人間でも魔族でもないコレットが安全に暮らせる場所などあるはずがないのだ。
ようやく見つけたこの村も暮らし始めてかなりの日が経っている。それは、やっとできた友人との別れが近づいてきていることを意味していた。
「ずっと一緒」というクララの約束にコレットは今度こそ返事をすることができなかった。
その後の会話はあまり覚えていない。気づけばクララは話し疲れたのか草原をベッドにして隣で眠っていた。時折、風に吹かれて黒いセミショートの髪が揺れている。その姿は芸術作品のようで、コレットはしばらくの間、見入ってしまう。
もし自分は半人半魔だと伝えればクララは夢を諦めてくれるだろうか、その上で一緒に暮らしていたいと言えば受け入れてくれるのだろうか。
無防備な寝顔を晒しているクララを見ていると、そんな軽薄な考えが浮かんでくる。
不安を紛らわすようにその頭に触れてみるとクララの口からは脱力しきった声が漏れた。コレットとは違って異物の無い頭に少しだけだが羨ましいという考えが脳裏によぎる。魔族の血が巡っていることを憎いと感じたことはない。魔族であるか、人間であるかという二極化した世界において何物にもなれないということが自分の無力感を際立たせられ、鬱々とした気分にさせられるのだ。
そんな気分から逃げるようにコレットも目を閉じるのだった。
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