18話「両義の血」
「ラティファさん、足は大丈夫?」
ソファに腰掛けるラティファにコレットが微笑みかける。
「はい、もう大丈夫です。色々とありがとうございました」
森での一件でラティファは足を負傷していた。脚に絡みついた根に対し無理に引っ張った結果、右脚は赤く腫れ、一人では歩くこともままならなかった。
コレットの圧勝で戦闘を終えた後、どこか休めるところへとフローラに背負われて到着したのは廃村の小さな家、ラティファがフローラと対面したあの屋内だった。
室内には椅子やテーブルなどの家具がいくつか置かれており、部屋の隅では薪のない暖炉が炎を揺らめかせながら燃えている。
応急手当を終えたラティファの脚には包帯が巻かれ、一人でも歩けるほどまでに回復していた。
だがその表情はまだ暗いままだった。
「あ、あの…」
「どうしたの?あっ!まだどこか痛む?」
「いえ、そうではなくて…」
少しの沈黙の後、ラティファはおずおずと口を開くと、意を決したように口を開いた。
「コレットさんは、魔族なのですか?」
森での戦闘でコレットが用いた氷塊や風の刃はどう考えても人知の力を超えていた。人間の身でそのような力を行使できるものは一部の例を除いてありえないことではある。"勇者"と呼ばれる選りすぐりの戦士となると、似たような力が使えるものもいるのだが、それでも道具ありきの力で生まれ持った力では魔力を扱うことはできない。それが人間として生まれた者の限界なのだ。
コレットはそんな力をいとも簡単に使いこなしていた。もし仮に彼女が魔族の血を引いているとするならばその理由にも合点がいく。
しかし、ラティファは自身のその考察を受け入れたくはなかった。
もしそれが真実であれば、自分は目の前にいる少女のことを敵対しなければならないからだ。
それに何より、自分のことを助けてくれたこの優しい女性が敵であって欲しくはないという思いもあった。
意を決したラティファの質問にコレットは今までの微笑みの表情を一転させ、ガラスのように透明で儚い表情を浮かべていた。
「…半分はあってるけど、半分は間違ってるかな」
コレットは困ったような声色でゆっくりと首を横に振って答えた。
「半分…?」
「私は人間でもあるし魔族でもある。半人半魔って言えばわかりやすいかな?」
コレットは一つ息を吐くと被っていたフードを外した。
コレットの持つ絹のような空色の髪が揺れ、隠れていた頭部が明らかとなる。そこには小ぶりな2本の黒い角があった。
それは紛れもなく魔族の特徴だった。
「人間の父さん、それに魔族の母さん。決して交わることのない禁じられた二人の愛の結晶、それが私なの」
そう呟くコレットの容姿は整っており、その顔立ちはまるで人形のように美しい。
その美しさも相まって、彼女の頭にある2つの黒々とした角はとても目立っていた。純白なキャンパスに一点の黒い絵の具を垂らしたかのような異物感にラティファはしばらくの間呆然と眺めてしまっていた。
コレットが「姉」と呼ぶフローラの角は大きくその存在感を放っており、見るだけで圧倒されてしまうような力強さがあった。
それと比べてしまうとコレットのそれは何倍も小さく弱々しいという表現の方が適しているかもしれない。
見入っていたラティファの視線に気づいたコレットは苦笑いしながらその角に触れる。
「小さいでしょ?これが私が半人半魔である証拠。完全な人間でもなければれっきとした魔族でもない。中途半端な存在であることの証」
そう言うとコレットは自嘲気味の笑みを浮かべ、ラティファの目をじっと見つめる。
その目はどこか寂しげで、悲しさを帯びているように見えた。
「ということはフローラさんもその半人半魔なのですか?」
「いいえ、私はちゃんと魔族よ」
ラティファの質問に答えたのはコレットではなくフローラ本人だった。
「おまたせ、出来たわよ」
そう付け加えるフローラの手には湯気が立ち上る木製の器が握られていた。
家に着いてからフローラは妹の初陣を終えた宴だと言い、捕らえた巨獣を捌き、今の今まで料理を作っていたのだ。器の中からは大きな肉やら野菜やらが入ったシチューがおいしそうな匂いを香らせている。
「昔話は長くなるから、ご飯でも食べながらにしましょうか」
フローラは料理を机に置くとコレットの隣にある丸椅子に腰掛ける。
「せっかくだからラティファちゃんも一緒に…ね?」
ラティファも促されるままに食卓を囲むと半魔と魔族の奇妙な姉妹はお伽話でもするかのように自らの過去の事を語り始めた。
またしてもお待たせしてしまいました…!
私生活が忙しくこのくらいの頻度になってしまうことがあると思いますが、どうか長く生暖かい目で見守ってやってください!
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