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半人の魔姫  作者: duce
一章「使い物の命」
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15話「残された道」

 大した休みもなく再び廃村付近に訪れたラティファは森の中にある大きな切り株の上に腰掛けていた。

 移動自体は大したトラブルもなく概ね順調と言えたが、ラティファは内心どうすればいいのかわからないでいた。


 母の目的は例の魔族を見つけ、国へ報告をすることだ。目的自体は明確で非常に単純なことのはずである。さらに言えばラティファは魔族の拠点と言える場所も知っている。しかし、ラティファには伝える術がない。己に課せられた呪いのせいで、話すのはもちろん、書くことも無駄。これまでのように他の冒険者との合同調査であれば、呪いがかけられていない他の団員が見つけ、奇跡的に情報を持ち帰ることができたのかもしれない。


 ラティファは小さくため息をつき周りを見渡す。母に言われた通り、ここにいるのはラティファ一人だけだ。それにここら一帯は森に覆われた土地であり、唯一の村も壊滅の一途を辿ってしまい、今は人気は一つとしてない。いわゆる危険地帯という場所である。それゆえに偶然の目撃者というのも期待できない。


 「私は…」

 ラティファの細い声にはやはり返答は返ってこない。

 重苦しい沈黙の最中、ラティファは一つの声を思い出した。

―――次は"貴女一人で"ここに来なさい。

 それは今となっては忌々しいあの魔族の声。そして言葉と共に脳裏に浮かび上がるあの忌々しい魔族の姿はまるで迷うラティファを導くかのように手を差し伸べている。


 明らかに誘われている。

 元より呪いの抜け道などが存在しているならわざわざ逃がしはしなかっただろうし、ラティファが不利益な存在だと判断されていたならば躊躇なく殺されていただろう。

 再びあの住処に行くことこそが彼女の思い通りのことであり、そのせいで人間に危機が訪れる可能性だってある。


 「…よし!」

 しかし、ラティファの決断は早かった。

 たとえそれが相手が誘導した道であっても、母から「よくやった」と言ってもらえるならそれでよかった。

 

 他の何を天秤にかけたとしてもこの意思は揺らぐことはない。

 そう決意するとラティファは切り株から立ち上がりすぐに歩き出す。今度は迷いのないしっかりとした足取りであった。


***


 向かう先はもちろんあのバンガローである。森の木々を通り抜け、方位を示す魔道具を頼りに歩を進めていく。前回の感覚を思い起こせばそろそろ到着することだろう。そんなラティファの耳に一つの鳴き声が届いた。


 猛々しいという表現が当てはまりそうな低く張りのある声だったが、その内容には知性は感じられず、人間や人型の魔族のものとは思えない。

 大きく響いたその鳴き声から察するにその声の主の正体は近い。

 警戒を強めると同時にラティファは護身用の短剣に手をかける。


 もしこれが獣だとしたら、戦う手段を持たないラティファでは勝ち目はない。それでも闇雲に離れるよりは危険となる対象を視覚することが安全につながるということは戦士や冒険者の中では鉄則とされていた。


 緊張から心臓の鼓動が早くなる中、ラティファはその音源へと視線を向ける。

 密なる木々を抜けるとそこには予想通りの生物がいた。しかし、それは予想していたような獣ではなく、ラティファにとって全く予想外の存在であった。

 まず最初に視界に飛び込んできたのは黒い毛皮に包まれた体躯。その大きさは森の木々に迫るほどで、さらにその四肢は太く発達している。次に見えたのは口の端からはみ出した鋭い牙。最後に映ったのは大きく見開かれた赤い二つの眼。


 ラティファの前に現れたのは熊のような風貌をした魔物だった。それも規格外なほどの大型に分類される種類であり、戦闘になるならばラティファにとっては絶望的な相手と言えよう。


 獣は何かを探しているのか辺りを見回しては低いうなり声をあげている。

 幸い獣はこちらに気づいていないようだったが、ラティファの目的地の廃村はあの獣を挟んだ先にある。


 このまま気づかれずに一度後退し、迂回して進むルートが一番安全だろう。

 ラティファは魔獣の気を引こうと傍に落ちている小石をできる限り離れたところへと放り投げる。

 石ころは乾いた音を立てながら転がっていく。

 それを聞いた魔獣は一瞬動きを止めたが、やがてゆっくりとした動作で音の鳴った方へ振り返ると、ラティファの思惑通りにその巨体を動かしはじめた。

 魔獣が十分に離れたことを確認すると、ラティファは息を殺し、ゆっくりと後退を始める。


 (…逃げられる!)


 そう思った次の瞬間、ラティファの視界が反転した。


 「きゃっ!?」

 ラティファは地面に叩きつけられるように倒れこむ。

 一瞬の出来事に何が起きたのか理解できずにいたが、自分が地面に倒れていることだけはわかった。

 慌てて足元を見るとラティファの白く細い脚が、地中からせり出た大樹の根に絡みついている。

 遠くの獣に意識をかけすぎた結果、足元への注意が疎かになっていたようだった。


 そして不幸にも、ラティファの足は地面から伸びた樹の根によって完全に拘束されていた。

 魔獣はラティファの存在に気づくと、威嚇するように大きく雄叫びをあげる。そして、そのまま一直線にラティファに向かって突進を始めた。

 ラティファは必死に身体に力を入れ、足の拘束を逃れようとするが、強靭に育った根はしっかりと食い込みビクともしない。

 

 魔獣はみるみると距離を詰めてくる。

 ラティファが死を覚悟したその時。


 「風よ…!」

 言葉と共にラティファの目の前で強風が発生した。


 「グルルルルッ!!」

 その風は獣の巨体を軽々しく持ち上げ、苦悶の声をあげさせると大きく後方へと吹き飛ばした。

 「え?」


 突然のことに状況を飲み込めず呆然とするラティファの前に上空から一人の女性が遅れて降り立つ。

 その姿はラティファに見覚えのある人物のものであった。


 「コレットさん…!」

 フードを被った空色の髪の少女、その正体は以前に一度言葉を交わしたコレットと名乗った不思議な少女だった。

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