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半人の魔姫  作者: duce
一章「使い物の命」
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13話「異物」

日の暮れる頃にはラティファは街へと帰還していた。


「……」

すっかりと見慣れた帰路を辿りながら疲れた体と頭で、今日あったことを思い返す。

(……結局、私は何もできませんでした)

 調査の内容だけをみれば人間の未来を変えるほどの成果を上げられたと喜ぶべきなのだろうが、ラティファにはそんな気持ちは微塵もない。長年人間が追い求めてきた魔族の痕跡はおろか、本人を目撃し、言葉を交わしたという事実は至上の誉ともなり得るはずなのに、あの時つながれた鎖がラティファを救世主には至らしめなかった。

 

 ―――他人に伝えてはいけない。


 あの時の言葉が今ならはっきりと思い出せる。あれがただの言葉であればここまで思いつめることもなかったのかもしれない。しかしあの魔族の発した言葉はそんな生半可なものではなかった。ラティファの心に巣食ったその命令は普段は何も影響を発していない。だが、ラティファが調査の出来事を他言しようとすると牙を表す。


 初めは恐怖のあまりに口が開かないのだと思っていた。記憶も曖昧な部分もあり自分自身で整理をつけたかったかのかもしれない、と。

 

 だがそうではなかった。

 何が起きたのかを実際に伝えようとすると、それまで何の異常もなかったはずの自分の身体から麻痺でもしたかのように感覚が失われていった。

 自分の身体のはずなのに他人のもののように動かせなくなる。声を発することもままならず、全身の筋肉は強張り、指先一つ自分の意志で動かすことさえできない。

 まるで何か見えない力が自分の行動を阻害しているような感覚だった。


 挙句の果てにはラティファの身体は自分の命令を受け付けてくれないだけでなく、主人の意思に反して勝手に動きさえするのだ。

 口頭で伝えようとすれば「問題ありません」と喉が動く。文書で伝えようとすれば「異常なし」と手が動く。


 誰かに相談しようとすれば、まるでそれを遮るように身体が動いた。それはあたかも、自分以外の何者かに支配されているかのような感覚であった。

 自分の中に自分以外のものが確かに存在している。その感覚はまるで呪いのようにラティファの心を蝕んでいた。


 それでもラティファが正気を保っていられたのはこの呪いをかけられた時の記憶があったからだろう。時間と共に徐々に思い出すことのできた記憶は、恐ろしいものだった。

 急速に心を作り替えられ、自分という存在が消えていくかのような感覚。

 そして自分が自分でなくなってしまいそうな異物感。

 今となってはその全てが鮮明に蘇ってくる。


 「……っ!」

 そしてラティファが最も恐怖したのは、そんな状況に恐怖を抱かなかった自分自身に対してであった。あの光を見た途端、それまで感じていた恐怖感は無くなり、目の前の存在に全てを捧げてしまってもいいとすら思えるほどの幸福感で満たされていたのだ。


 自ら望んで精神の変質を望んでいたという事実に比べると、今の 自分の状況は幾分もましだと思えるのだ。



 (私は一体何をやっているんでしょうか……)

 恐怖の次にラティファに沸き上がった感情は落胆だった。

 長年追い続けてきた強大な存在をついに見つけることができた。それなのに何もできずに突き返されて、せっかく得た情報も伝えられなければ意味がない。

 この体たらくがか細い希望を辿った結果なのだと考えると落ち込まずにはいられなかった。


 (これからどうすれば…)

 この自問をするのも何度目かわからなかった。

 調査を止めるか、魔族に立ち向かうか、自分が取れる選択肢は多くはない。あの魔族に言われた通り、調査を止めては自分の望むものは手に入らない。しかし、立ち向かうには自分は無力すぎる。

 どちらに転んでも先は暗い。

 


(なんにせよ、まずはお母様には謝らないといけませんね。きっと許してはくれないでしょうけれど…)

 ラティファはふぅっと小さく息をつくと空を見上げた。既に日は完全に落ちており、ラティファの心を示すかのように闇に覆われていた。


 いつの間にやらたどり着いていた自分の家の扉を開ける前に一度深呼吸をする。これから自分が告げる内容を考えるだけで憂鬱になるが、このまま逃げるわけにはいかない。覚悟を決めるようにラティファは再び大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと吐き出し、意を決して玄関の扉を開くのだった。

なんでこんなに空いたんですかね…

独白のシーンの難しさを身をもって体感いたしました…

すみませんでした!!次はもっと頑張ります…!



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