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半人の魔姫  作者: duce
一章「使い物の命」
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10話「侵入者」

 今回の調査の大詰めは村の捜索であった。


 10年前の魔族における有力な情報は、戦闘が行われたと思われる場所に転がっていた先発討伐隊の悲惨な姿のみである。

 それ以外の手がかりは現在までにほとんど見つかっていないといってもいい。村から逃げてきた者も魔族の居場所については心当たりはないと答えている。


 数少ない選択肢において、あの魔族の痕跡が見つかる可能性が一番高いと判断された場所は戦場に一番近かった廃村であった。

 しかし、初めは調査も頻繁に行われていたが、やがてはその回数も減らしていき、調査の内容も巡回程度に軽視されたものとなっていた。


 「なぁ、どうせ何も見つからねぇんだからこのまま帰ってもいいんじゃねぇか?」

 調査団の一人が腕を組んでそう言い放った。

 いつものように廃村の巡回で終わる調査にうんざりしているのか見るからに機嫌が悪そうだ。

 「我慢しろ。今帰っては報告書が作成できない」

 「そんなの適当にやってもバレねぇって。団長は真面目だなぁ」


 いつものようにさぼり癖のついている団員と団長のやりとりが繰り広げられている中、黙して後をついていく少女、ラティファは変な胸騒ぎを感じていた。

 その原因は理解している。先日のフードを被った女性と会話をしてから、今回の調査では何かが起こる。そんな気がしてならないのだ。

 根拠にあたる自信はない。ただの直感によるものだったため団員に言っても無駄だと考えたラティファは調査団の中でただ一人、浮かない表情を浮かべていた。


 「着いたぞ、止まれ」

 団長の言葉で5人の団員とラティファは足を止める。

 「これから調査を始める。各自、事前に決めた通りの区域の調査に当たれ」

 廃村の見取り図を広げ、区域の最終確認を終えた団員たちは次々と該当区域に散っていく。

 「ラティファ、お前はここだ」

 団長の男は最後に残ったラティファにも区域を割り当てていた。

 ラティファの調査能力に応じているためその範囲は狭く、廃村の隅にある3軒の家が調査対象となっている。

 

 「はい」

 ラティファは団長に承知の意を込めて一礼すると、足早に担当の場所に向かっていった


 ***


(…ここも異常なしですね)

 ラティファは複雑な心境で民家の扉を閉める。

 調査は順調に進んでいた。なんの痕跡もなく2軒の調査が終わったことを順調と表現していいのであればだが。

 残すは他の民家と比べても一際小さいバンガローのみとなっている。


 やはり成果を出すのは無謀に近いのだろうか。そう考えながら最後の1軒に向かったその時。

 ラティファの肌を撫でるように冷たい何かが通るのを感じた。


 (寒い…?)

 悪寒、ではない。さっきまでは少し歩いただけでもうっすらと汗をかいてしまいそうな気温だったにもかかわらず、ラティファには辺りの気温そのものが少し下がったように感じられた。


 一歩進むごとにその冷気も確かに強まっている。初めは風と勘違いしてしまいそうなほど微弱だったものが、数歩進んだだけでラティファの腕には鳥肌が立つほどまでに確かな冷気を感じていた。


 いつもだったらきっと汗をかいたから冷えたのだろうと軽く考えていたのだろう。しかし今日だけは、先日から感じている胸騒ぎがラティファをそんな思考には至らせなかった。


 行ってはいけない。


 身の安全を求めるのならばあそこに立ち入るべきではない。

 本能か、はたまた神の信託か、脳裏には正面の民家に立ち入るべきではないと警告が発せられている。


 (でも…!)


 それでもラティファは前へ進むことを選んだ。

 今回の遠征に参加した理由をラティファは思い起こす。

 前へ進まなければならない理由がラティファにはあるのだ。命を危険に晒してでもあの魔族についての情報を得る必要が。


 重い足取りを動かし続けて、ようやく民家の扉の前にたどり着いた時には、もはや暑さを感じることの方が難しいほど冷気が濃くなっていた。

 民家の扉は他の2軒よりも幾分か小さい。しかし、ラティファの目にはその何倍もあるかのように映っていた。


 早まる鼓動を深呼吸をして整え、扉の取っ手に手を添えると、時間をかけず、ゆっくりとその手を手前に引いた。

 時間をかけてしまうとせっかく決めた心が曲がってしまいそうだったからだ。それほどの雰囲気がこの民家からは漂っていた。

 

 扉はラティファの気持ちとは裏腹にあっさりとその口を開けた。

 中から流れ出してきたのはやはり肌を刺すような冷気だった。しかし、その冷気は扉を開ける前に感じていたものよりも弱く、その中には柔らかい温かさも感じ取ることができる。


 寒くも温かくもある不思議な風はラティファを民家の中へといざなっていった。


 中の構造は特筆して変わったところは見受けられない。前の2軒と同じような大部屋は10年間放置されたとは思えないほど清潔で、生活感が感じられる。

 しかし、そんな光景の中で明らかにおかしいものがラティファの視線をくぎ付けにする。


 暖炉に火が灯っているのだ。人が住んでいなければ使われていないはずなのに、暖炉は本来の役目を果たしている。

 これが、冷気の中に感じられた温かさの正体であった。


 「これは…」

 よく目を凝らしてみるとその暖炉にもさらなる違和感をラティファは発見する。


 薪がないのだ。

 それどころか燃えた後すら見つけることができない。暖炉の火はまるで幻影であるかのように不自然に揺らめいている。

 しかし、その火は確かな熱をラティファに向けている。それが火が確かに存在していることを示していた。


 いくら考えても結論を出すことができなかったラティファはひとまずその暖炉を手帳に書き記すと、暖炉から離れた。


 もしかしたら人がいるかもしれないのだ。灯りと呼べるものは暖炉の火くらいしかなく、人の気配も感じ取ることはできない。人は不在なのだと考えていたが確信するには早すぎる。

 あまり、時間はかけてはいられないのだ。


 それにラティファをここへと導いた冷気の正体もまだ見つかっていない。

 調査を続行しようと振り返った時、冷気の正体をいとも簡単に見つけることになった。


 「何ですか…これ…」

 まるで彫刻のようなそれにラティファはその身を固まらせた。

 大部屋の天井にと届きそうなほど巨大な氷の塊がそこにはあった。それもただの氷ではなく、その氷の中からは大きな獣が中からこちらを見下ろしていたのだ。

 生きているのかはわからず、その身体はピクリとも動かない。しかし、生きているといわれても疑問を抱かないほどその獣は生気を放っていた。


 民家に入るときには死角になっていたのか気づくことができなかったが、大部屋の中でも一際異色を放つそれにラティファは寒さも忘れて見入っていた。


 そして、氷塊のことも記そうと手帳を取り出したその瞬間。


 「動かないで」

 ラティファの背後から小さく、そう発せられた時にはすでにラティファの調査は打ち切られ、同時に逃げ道も完全に断たれたのだった。

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