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半人の魔姫  作者: duce
一章「使い物の命」
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9話「帰郷」

 ラティファと別れてからしばらくして、フローラと会う頃には空はすっかりと明るくなっており、朝を告げるように鳥たちもさえずっていた。


 さらにそれからしばらく歩き、コレットとフローラは忌々しく、それでいて懐かしの村へと再訪していた。

 住民の移住がすぐさま行われたのか、村の景色自体は変わっていなかった。姉妹の住んでいた家も当時のまま佇んでいる。

 「本当にもぬけの殻ね」

 その原因ともなったフローラは他人事のように呟いた。唯一変わっていたことはその静けさだった。以前は村人たちの他愛のない話が飛び交っていたのに、今では物音ひとつとして聞こえはしない。

 

 「なんだか、全く違う所みたい…」

 景色自体は記憶にあるものと相違ないはずなのに、人気がないだけでもこんなにも変わるのかと、コレットは驚いていた。


 かつての村に人気はなく、クララについての情報は期待できない。それでもコレットは村へ行くことを選んだ。


 ――拠点となる場所を見つけたかもしれないの


 コレットはラティファと別れた後、フローラにそう提案した。

 人が住んでいれば本来の目的であるクララについての情報が得られる可能性が高い。だが、人がいないということもまた、コレット達には好都合であった。

 半魔のコレットと、完全な魔族となったフローラは街などの人目があるところに潜伏することは不可能に近い。

 しかし、無人の村だというのなら話は別だ。以前のようにフードを被って周りの視線に怯える心配もない。それに、10年前の出来事のうわさが広まっている以上、この村に近づこうとする者も滅多にいないだろう。ラティファ達のように調査に来るものもいるため、全くのゼロというわけにはいかないが、それを差し引いても、村を丸ごと拠点にできるということは十分な利点となるはずだとコレットは考えていた。


 「皮肉なものね。ここを追いやられたはずの私達がこれから唯一の住人になるだなんて」

 フローラが鼻で笑うとそう吐き捨てる。その仕草はフローラにとってこの村は忌々しいものでしかないことを意味していた。


 「これから、いい思い出がたくさんできるよ、きっと!」

 姉の手を握りコレットは姉の真紅の瞳を見つめる。姉とは対となる空色の瞳はしっかりを前を見据えている。

 「…そうね、一緒に作っていかなければね」

 フローラは幼いころのコレットを思い出していた。自分の運命に押しつぶされそうになっていた虚弱な表情を浮かべることしかなかった妹が、今ではこんなにも自身に満ちた顔をしている。

 妹の成長にフローラは目頭が熱くなるのを感じていた。


***


 「これは…大収穫だね…」

 姉が宙に浮かべる巨大な氷塊をみてコレットは引きつった笑みを浮かべる。

 フローラは落ち着きを取り戻すと、少し待ってて、と言い残し再び森へと戻っていった。そして待つこと数秒、帰ってきたフローラの背後には見上げなければ上部が見えないほど大きな氷塊が浮いていたのだ。


 「貴女がお腹を空かせていると思って…少し頑張りすぎちゃったかしら」

 氷塊の中には二人の身長の3倍はある大きさの獣が入っていた。

 その獣は後ろ足で立ち、両腕を大きく広げた態勢で静止している。威嚇をしている最中にフローラに凍らされたのだろう。おそらくは一瞬で。

 冷気の中で鮮度を保つ獣からは巨大な体躯には似合わない無力感が漂っているように感じられた。


 「これ、家の中に入るかな…?」

 この大きさであれば当分の間は食糧に困ることはないだろうが、問題はこの食糧の大きさが家の扉よりも大きいことだ。


 「そこはお姉ちゃんに任せなさい」

 自信満々といった様子で頷くフローラは自身の作りだした氷塊に触れると、その姿を一瞬にして消した。

 「…あれ?姉さん?」

 氷塊ごといなくなった姉を探して辺りを見回すコレットに声がかけられる。

 「ほら…できた」

 次にフローラの声が聞こえてきたのは背後からだった。それと共に感じていた冷気も後ろに移動している。


 「やっぱり姉さんはすごいなぁ…」

 瞬間移動。自分の現在位置から対象の位置へと空間ごと移動する魔術を用いて姉は氷塊と共に家の中に移動していたのだ。

 何度も試みてもコレットには習得できなかった魔術をいとも簡単に扱うフローラにコレットは誇らしさを抱いていた。


 フローラに続いてコレットも家の中に入ると、そこには大部屋の四半分を占めた氷塊があった。インテリアにしては大きすぎる光景にコレットは再び、顔を引きつらせる。

 その脳内には村の整備による食糧庫の確保という任務が追加されるのだった。

 

 「でも、家にこんなにでかい氷があると少し肌寒いわよね。」

 大きなインテリアから発せられる冷気にフローラが小さく肌を震わせる。

 「コレット、申し訳ないけれど炎をお願いできる?私の炎だと調整が難しくて…」

 姉の力は非常に強力だ。それこそ、討伐隊の一つや二つを壊滅させることなど何の造作もないほどに。

 そんなフローラにも苦手としていることはあった。

 強大すぎるその力がゆえに姉は力を抜くことを苦手としていた。もし姉が今、炎を炊けばせっかく戻ってきたこの家は冷気の漂うものから一変して火の海になってしまいかねないだろう。


 「あ…うん、すぐに準備するね」

 コレットは手をかざし、掌から小さい炎球を発生させる。

 炎はコレットの意思に従って、空っぽの暖炉に向かっていくと、温かい暖炉を作りだした。

 魔術によって生み出された火は暖炉内に薪がなくとも燃え続けている。コレットが望んでいる間、火の勢いは弱まらず、燃料の補給すら必要としないのだ。


 その様子を見ていたフローラが拍手をする。

 「すっかり魔術をものにできてるわね、お姉ちゃん誇らしいわ」

 「ううん、教えてくれた姉さんのおかげだよ!」


 魔術は誰かに教えてもらったからといって、できるようになるようなものではない。魔力の操作によって成り立つ魔術は完全なる感覚によるものだ。自身の持つ魔力の量や、その質によって扱い方も全く異なったものとなる。自分がやっている感覚を他人に教えたところでそれが逆効果になることだって十分にある。


 しかし、コレットは修行の7年間で魔術を習熟できていた。

 姉妹の魔力の質が似通っていたこともあるが、理由の大半はコレットのセンスによるものである可能性が高い。

 それを知っているのにも関わらず、謙虚な姿勢を貫く妹にフローラは思わず、コレットを撫でまわしたい気持ちに駆られる。

 

 「本当にできた妹ね」

 フローラは何とか気持ちを落ち着け、言葉でそう表した。

 暖炉からの熱で肌寒さも和らいできたからか、姉妹の顔には自然と笑みができていた。



 「ふわぁ…」

 二人が甘い空間に酔っていると、コレットから小さくあくびが発せられた。

 「大丈夫?眠い?」

 「…久しぶりの地上で色々とあったから少し疲れちゃったみたい」


 二人が地上に上がってきたのは先日の早朝だった。現在の太陽の位置も大体同じ位置にあることから、時間にして、ちょうど一日が経ったということだろう。

 フローラと違ってコレットには生きるうえで睡眠が必要となる。いつもと違う環境や、ラティファとの会話、移動の時間を経て、コレットの身体は休憩を欲していた。


 「せっかくご飯を取ってきてくれたのに、ごめんなさい…」

 「良いのよ、食事なら起きてからでもできることなんだから、今はゆっくり休みなさい」

 徐々に眠気に支配されて行っているコレットを優しく抱きあげるとフローラはかつてのコレットの部屋へと連れて行った。


 思った以上に疲労がたまっていたのか、部屋に着くころにはコレットは眠りに落ちていた。

 「お休み、コレット」

 フローラは妹をベッドに寝かせるとその額に小さくキスをする。


 (さて…私は掃除でもしましょうかね。早速ネズミを湧いているようだし)

 フローラは部屋を後にすると意識を村の外へと向けていた。

 少し前から存在する侵入者の気配にフローラは内心で舌打ちをする。


 (もう誰にも邪魔はさせないわ…)

 確実にこちらに向かってくる気配にフローラは静かに怒りを燃やすのだった。

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