100話 ここで俺が死ぬと、誰か死ぬ。
100話 ここで俺が死ぬと、誰か死ぬ。
(いやいや……大丈夫、大丈夫。田中が、ゼノリカのメンツを殺すわけがない。あいつは、俺なんかとは比べ物にならないぐらい高潔な男……絶対に殺さないよ。仮に、殺されたように見えても、実は、どっかの世界で生きている、っていう、俺の手垢で一杯の手法をとってくるに決まっている……こいつは、絶対に――)
と、そんな風に、田中の慈悲に期待するセン。
しかし、
(……もし、ガチだったら……)
今、目の前で、感情なく暴れている田中を見て、
センは、
(もし、こいつの覚悟がガチだったら……いや、そんなわけない……田中が、そんなわけ――)
『そんなわけがない』という強い信頼の向こうで、
センは、
(……もし……)
『可能性』という恐怖におびえる。
自分の死なんかよりも、よっぽど恐ろしい、配下の死。
センの頭が冷たくなっていく。
(――もし――)
田中が、わざわざ、このモードを選択した理由は?
ただの、ガチっぽさの演出?
そうかもしれない。
けれど、そうじゃないかもしれない。
(――ただの脅しだった場合は、別に、大した問題じゃない。いつか、田中より強くなって、田中を100万回しばきあげて終わりの、しょっぱい事案……けど……)
死を前にして、圧縮される時間。
走馬灯が、ギュンギュンと回る。
頭の中を、『配下たちとの思い出』が駆け巡っていく。
中には、『赤ん坊のころから見守ってきたヤツ』もいる。
『オムツをかえてやったことがある者』が何人もいる。
平とゾメガからは、多くの希望を見せてもらった。
天才的な資質、高潔な精神。
彼らが有する『全ての素養』が『命の希望たり得た』とセン思っている。
五聖の三姉妹なんか、普通に、『血のつながっていない孫』として可愛がってきた。
おむつを変えるどころじゃない世話を積み重ねて大事に育てた、血が繋がっていないだけの孫娘。
九華の面々も、十席の面々も、みな、世界のために骨身を削って働いて、弱い命を守ってきた、自慢の家族。
一人一人、思い出を語れと言われれば、10時間でも100時間でも100時間でも1万年でも余裕。
(死ぬ……誰かが……ここで、俺が死ぬと……誰か死ぬ……)
頭の中を、死の恐怖が包み込む。
怖くて、怖くて、たまらない。
全身が、冷たい汗で閉じ込められたみたい。
脳が活動していない。
血が凍えていく。
(………………)
走馬灯の大名行列。
記憶という記憶が、センの頭の中を埋め尽くす。
大事な家族との思い出が、ぶっこわれたダムの洪水みたいに、
あふれて、あふれて、あふれて、あふれて、あふれて、
「――」
センエースの目が、涙を拒絶した。
こみあげてくる雫に、引っ込んでいろと命令。
ゴポゴポゴポっと、細胞の全部が沸騰している音が聞こえる。
「奇跡なんかに頼らない」
センエースの中で、何かが弾けた。
抑えつけられていた鎖が引きちぎられた。
「何年、積み重ねてきた?」
自分に問いかける。
これまでに、自分が何をしてきたのか、
それを、己を構成している細胞全部に自覚させる。
「……5年? 10年? 100年? 1000年? 1万年? 10万年? 100万年? 1000万年? 1億年? 10億年? 100億年? ……違うだろ? 俺が、狂気に猟奇を重ねてきた時間は……その価値は……そんなもんじゃねぇよなぁ?!」




