74話 ヘタレ……かなぁ……
74話 ヘタレ……かなぁ……
「今回で600回目……もう……身体が持たん。メンタルも限界や。これ以上は無理」
「ぇ も、もしかして……今の、この瞬間が、お前にとっての『死銀の鍵のセーブポイント』なのか?」
田中はうんともノーとも言わない。
その質問に返事をするのは、飽き飽きしている、とでも言いたげな表情。
田中は、苦い顔のまま、ボソボソと、
「さ、サイコジョーカーがとにかくキツすぎる……インターバルなしで働き続けるんも、普通に耐えられん……これは……普通に、地獄すぎる……」
「……」
「マジで、ホンマにむりや……これ以上は無理。頼むから助けてくれ、セン。代わってくれ、頼む」
と、本気で救いをもとめられるセン。
田中の目はデロデロに死んでいて、先の発言が、小ボケの類ではなく、ゴリゴリのガチであると一瞬で理解できた。
「マジでキツすぎる。こんなん、やってられへん」
田中はもうダメだった。
600回で完全に終わってしまった。
田中は、センの足元でうずくまり、
「……かわってくれ……たのむ……」
と、すがりつくように、懇願してくる。
それを見たセンは、天を仰いで、
「俺の視点では、お前に代わってもらってから30秒も経ってねぇのに、もうチェンジかよ。もう、エグいて、まじで」
心底鬱陶しそうに、そうつぶやいてから、
「このクソヘタレ野郎が」
と、呪詛を吐いて、
センは、足元でうずくまっている田中の頭を、雑に、ガっと掴むと、
「地獄の精度がハンパねぇから、どっかで心折れるのは仕方ねぇが……『600回』は、流石に、ショボすぎるだろ。せめて、1億回ぐらいはやってくれや。600程度じゃ、代わったんじゃねぇ。のぞいただけだ。いや、チラ見しただけか」
「1億なんか絶対に無理や。1000も絶対に無理。600の段階で、限界を超えて超えて超えた上での数字……」
今の田中の心情を、『一般人の視点』で、あえてたとえるなら、『サウナで5時間耐えた』ぐらいの感じ。
限界を超えて、超えて、超えて、超えた数字であるがゆえに、そこから先は1秒足りとも耐えられない。
『やばい』と感じてからの1秒は、本当に長く感じる。
とてもじゃないが、1000回耐えるのは無理。
1000回どころか、『601回目に挑戦することが絶対に無理』という次元の極限満身創痍。
一生うなだれたままの田中は、
顔をあげることなく、
「……セン……」
ヒーローの名前を口にして、
「……本音を言う。……頼むから、折れんといてくれ……」
「……」
「諦めんといてくれ」
「……」
「ジュリアを失いたくない……あいつと一緒に生きていきたい……だから……頼む……助けてくれ……頼む……」
「……この期に及んで、彼女持ちアピールでマウントかましてくるとか。ふざけやがって。てめぇには、本当に、人の心ってもんがないらしい。くそが」
安いファントムトークで、一瞬、間を繋いでから、
センは、ギっと、奥歯をかみしめる。
とっくの昔にぶっ壊れた心。
歪んだ魂。
腐った体。
『もう無理だ』と、『魂魄の芯』が叫んでいる。
あまりにも辛すぎて、これ以上は頑張れない。
お願いだから、もう諦めてくれ。
――と、『命の全部』が、必死になって懇願してくる。
それら全部と、真正面から向き合った上で、
センは、
「……ヒーロー見参……」
痺れる覚悟を口にした。




