85話 いつもだ……いつも、あいつは、俺の100歩先を行きやがる。
85話 いつもだ……いつも、あいつは、俺の100歩先を行きやがる。
アクバートは、必死になって抗ってみた。
無駄だと分かっていても、それでも頑張ってみるのが特待生の特質。
彼らは、諦めない。
なぜ、そこまでまっすぐな努力を積めるのか分からないが、
とにかく、彼らは、とことん純粋な研鑽と共にある。
「ぐっ……」
最後の最後まで、必死になって、
自分の中にある最高峰を魅せつけようと気合いを込めた。
そんなアクバートの一撃に対し、
田中は、完全なる一手を放った。
なにもかもが完璧なカウンター。
完璧なタイミングで、田中の拳が、アクバートの顎で跳ねた。
完璧だった。
脳震盪を起こしている中で、アクバートは、『無上の美しさ』を感じていた。
(いつか、私も、これと同じ領域に……いや……無理だな……こいつは、人間じゃない……)
頭の中を、諦観がしめた。
そして、そのまま、グラリと倒れる。
意識はまだ残っているが、体が言うことを聞いてくれなかった。
自分を支えることができない。
倒れて動けなくなったアクバートの横で、
田中は、天を仰いで、かるく息を吸った。
★
アクバートの武を吸収して、際限なく高みへと昇っていく田中を、観客席で、『何者でもないモブ』として見つめていたセン。
周囲では、シャインピースガールズが、盛大に沸いていて、死ぬほどやかましい。
――『すさまじい強さ』というのは、『すさまじい性的魅力』と同義。
世界一セクシーな男がそこにいる。
となれば、女性陣の湧き方が常軌を逸してしまうのも無理からぬ話。
「……ぅ、うっせぇえなぁ……耳が痛ぇんだよ……クソミーハー女どもがぁ……ぐっ……ぐぬぅう」
『世界で一番嫌いなヤツに向けられている黄色い声援』というのは、想像を絶する地獄の金切り声。
引き抜かれたマンドラゴラの叫びよりもしんどい超音波。
センエースはこんらんしている。
わけもわからず、自分の胸をかきむしる。
「……ぐ、ぐぐ……ぐぬぅ……ぐぎぎぎぃ……うぅう……うぃいいい……」
我慢できない憤怒に突き動かされて、『親でも殺されたのか』ってぐらいの、極悪な面構えで、田中をにらみつけているセン。
もはや『人間の顔じゃない』と断じることにいささかの躊躇もないレベルの、浮いた血管でえらいことになっている凶器の顔面。
暗黒面の超覚醒を果たしそうなセンは、
「いつもだ……いつも、あいつは、俺の100歩先を行きやがる……1歩ならともかく、100歩ってどういうことだ……ふざけやがってぇ……ぐぅ……こ、殺してやる……絶対に殺してやる……クソ陰キャボッチのナンバーワンは俺だ……俺が、クソ陰キャボッチ民族の王子なんだ……っ」
普通、常に100歩先をいかれたら、
アクバートのように、『あ、これは無理だ』と、
『遠くから別枠を見る目』に切り替わるものなのだが、
しかし、センさんは、常に、田中を、
『越えなければいけない壁』として見ている。
なぜ、そんなにも頑なに愚かなのか、
その辺は、誰にも理解できない。




