2話 『田中シャインピース』VS『ムーンビースト』。
2話 『田中シャインピース』VS『ムーンビースト』。
「あの良質な魂魄を喰らうことで、私は一兵卒を卒業し、『深き高み』へと至るであろう。そうすれば、より、多く、深く、ニャルラトホテプ神に尽くせるだろう。ああ、素晴らしい幸運のレールを敷いてくださったこと、心より感謝を」
天に祈りをささげるムーンビースト。
己の道にあるすべての幸運は、ニャルラトホテプの慈悲であり、ゆえに、その慈悲に報いるために、ムーンビーストは、すべてを喰らい、ニャルラトホテプに尽くす。
「さて、それでは、食わせてもらおうか」
そう言いながら、ムーンビーストは地面に刺していた槍を引っこ抜き、
ゆったりとしたテンポで、田中のもとへと近づいてくる。
「まだまだ、普通に『生き足りへん』から、そう簡単には死んでやらん!」
一つのまっとうな生命体として『当たり前』の宣言をしてから、
田中は、足に力をこめて、
ダっ!
と、ダッシュ。
とにかく、この場から離脱しようとする賢明な判断。
だが、ムーンビーストは、
「遅いな。貴様の魂は美しいが、しかし、現状のマテリアルはカスと言わざるをえない」
ムーンビーストの身体能力は、
『神話生物』という種の中では、
かなり下の方ではある。
それは間違いないが、
しかし、『普通の人間』と比べると、圧倒的な力を持つ。
純粋な肉体能力を競うオリンピックに出れば金確実なスペックは誇っている。
ゆえに、逃げても無駄。
すぐに追いつかれる。
「そら」
肩を槍でつかれた田中は、
「どうぇえっ!」
普通に、とんでもない激痛のあまり、つい、我慢できず、大声で悲鳴をあげてしまう。
ちなみに、ムーンビーストが、田中の肩を狙ったのは、『獲物が、まだ逃げ回れるようにするため』である。
本気で仕留めるつもりだったら、当然、足を狙う。
「まだだ。贄よ。もっと逃げろ。もっと私を楽し……いや、もっと、この儀式の質を高めよ。貴様の悲鳴が、血が、根源的な恐怖が……私の進化を飾る宝石となる」
ごちゃごちゃ言っているが、ようするに、嗜虐趣味。
純粋に『狩り』という遊びを全力で楽しんでいるだけ。
逃げる獲物を、圧倒的な力で狩る喜び。
『狩猟』や『釣り』を最強のレジャーだと呼ぶ者は多い。
『数日幸せになりたかったら結婚しろ、一生幸せになりたかったら釣りを覚えろ』
有名な格言。
バケモノも、人間も、根本の部分は特に変わらない。
田中は、激痛の中で、それでも、
「ぎっ」
奥歯をかみしめて、ギュっと拳を握りしめ、
「だぁああああああああああっ!」
ためしに、全力で、ムーンビーストの顔面をブン殴ってみた。
『純粋な恐怖』と『火事場の馬鹿力』によるリミッター解除の拳。
手の骨が多少砕けてもかまわないという覚悟を込めた全力の右ストレート。
グールに対しては、物理の火力でどうにか処理できた。
ムーンビーストが、『グールより多少強い程度の神話生物』であるならば、
この拳でも、最低限のダメージを与えられるはず。
そう思っていたのだが、
「殴打には耐性があってね。もちろん、強大な力を持つ神にブン殴られれば蒸発してしまうだろうが、貴様ごときの拳では、ダメージなど受けようはずもなし」




