110話 俺の安易な気持ちを返して!
110話 俺の安易な気持ちを返して!
「……んー……ダメやな……色々と、考えてみたけど、よぉわからん」
「はぁ? なんもわからんだと? ナメてんのか? てめぇ、それでも田中か? 田中と言えば、アレだろ。超天才で、どんな難解な事象にも、秒で快刀乱麻の『真実はいつも一つ』を決め込むバランスブレイカー枠だろ。サボるなよ。自分の仕事を全うしろ。バカみたいな賢さで、さっさと明瞭な答えをだしやがれ、バカが」
「田中って名前にどんだけ夢みとんねん。日本においては、トップクラスに世帯数が多い名字ってだけやぞ。てか、『どんな事象も快刀乱麻』って、そんなことが出来るんなら、一般枠におさまらんと、特待生になっとるやろがい。ワシはお前と同じ、ただの一般人や。多少、根性が据わっとる自信はあるけど、そんだけの凡夫でしかない」
「……え、ちょっと待って。お前、それ、マジで言ってんの? 俺、ぶっちゃけ、お前がいるから、『まあ何とかなるか』って、気楽な気持ちでいるんだけど。もっと言えば、『ちっ、今回はタナカ付きかよ。ヌルゲーじゃねぇか。俺、ボタン連打ゲーとかダルくて無理なんですけどぉ。萎えるぅ』とか思ってたんだけど。返せよ! 俺の安易な気持ちを返してよ!」
「安易な気持ちを返すって……それ、どうなったら成立すんねん」
「もう苦しみたくない! 楽な道を歩みたい! 主役の活躍をテレビで見ているだけのモブになりたい! 傍観者でありたい! ヤジウマこそ真の赤兎馬よ!」
頭を抱えて、ちょっと何言っているか分からないことを叫ぶセンに、
田中は、渋い顔で、
「……カンツもヤバかったけど、おどれも、たいがい、情緒が終わっとるようやな」
「とことん苦しむ主役のポジションは、もう嫌だ! 『やれやれだぜ』とか、ほんとは二度と言いたくないんだ! 何が『ヒーロー見参』だ! ヒーローなんてどこにもいねぇよ! 生まれ変わったら、貝になりたい! いや、やっぱり貝は嫌だ! ヒマそうだから! 生まれ変わったら、毎日ネット小説を読むだけのニートになりたい! あと、美少女とイチャイチャしたい! でも、孤高ではありたい! あと、ちょっと鍛錬して強くなりたい! いや、ちょっとじゃなくて、だいぶ強くなりたい! 最強になりたい! 美少女とイチャイチャする毎日を過ごしている最強の孤高ニートになりたい! これだ!」
「……『これだ!』って言われても、『知らんがな』としか言いようがないんやけど」
「タナえもん! 『美少女とイチャイチャする毎日を過ごしている最強の孤高ニート』を出してよ!」
「ムッズい要求やなぁ。仮に、ワシが、何でもできる存在やったとしても、それを顕現させるんは相当な労力やと思うで。だって、ほとんと、神様のパラドックスやもん。『神ふくめ誰にも持ち上げられない石を、神は創造できるのか』みたいな」
と、そこで、センは、ふいに、
それまでのボケ全開モードを沈めて、
ちょっとだけマジの顔で、
「……俺から言わせれば、全能の逆説は、アンチテーゼたりえないけどな」
『本気の言葉である』と一瞬で悟った田中は、
安いツッコミで処理することなく、
「……ふむ。その心は?」
「ようするには、『全能性』に対する『とらえ方』の問題だ。『なんでもできる存在』を想定することに、そもそも意味がねぇ。お遊びとして『机上空論の思考クイズ枠』にとどめるなら、別に『矛盾』の一言で終わらせていいが、『現実的なガチのジンテーゼにまで昇華させたい命題』……としてとらえるのであれば、根本の前提に対して、俺はワンパンをぶちこむ。神ふくめ、誰も持ち上げられない石を……この俺が持ち上げてやる」
「……お前が持ち上げられるんやったら、『誰も持ち上げられない石』は不可能ってことで話が終わるんやけど。思考クイズにすらなってへん。ただの根性論で、一ミリも論理的やないし」
「ジンテーゼってのはそういうもんだろ」
「いや、ちゃうと思う」




