99話 ネスち。
99話 ネスち。
「……きっしょ。あんたがすごいのは事実だけど、男としての魅力はゼロ」
「いや、男としての魅力であふれているだろう! 撤回を要求する! ワシ以上の男など、そうそうおらんぞ!」
「パパと比べれば、あんたなんかゴミ」
そう吐き捨ててベンチに戻ってきたエバは、
隅っこに大事においておいた二頭身の丸っこいぬいぐるみを抱きしめて、
「聞いて、ネスち……あの筋肉ダルマがね、すごくウザいことを言うの……パパと比べたら何一つ勝っているところがない、ただのゴリラのくせに、自信過剰で、うぬぼれているの。きもいよねぇ」
と、話しかけると、そのぬいぐるみは、ボソっと、
「いやぁ……カンツは、そうとうな男だと思うよ? あれほどの男はそうそういないと思う……まあ、もちろん、エバのパパの方がカンツより上だっていうのには同意だけど……でも、カンツは、ただのゴリラではないと思うよ」
そんな風に、まるで兄のように、軽くたしなめてくる。
その様子を見ていた『隣に座っているドナ』が、ボソっと、
「人目があるところで、そのぬいぐるみに喋らせるのはやめなさい、エバ。誰かに聞かれて、不審がられると面倒だから」
「今日日、おしゃべり機能があるぬいぐるみなんか、珍しくないだろ。一々、文句言ってくんな、鬱陶しい」
ぬいぐるみの『ネスち』に向けている表情は、ふにゃふにゃだが、
しかし、ドナに向ける目線は、キっと効果音が聞こえてくるほどに鋭い。
エバにとって大事なものは、パパと、パパからもらったものだけ。
それ以外は、彼女にとって、全部、ゴミ。
男も女も関係なし。
「流暢に完璧な会話ができるぬいぐるみなんか、あるわけないでしょ。そのぬいぐるみは、明らかに、異常なオーパーツなんだから、一般人の目があるところでは、なるべく使わないように――という、それだけのことが、わからない?」
バカをたしなめる委員長&風紀委員のような目。
特待生チームの中でも、特に規律に厳しいドナ。
彼女に睨まれたら、その恐怖から、誰もが背筋をただす。
エバも、それは例外ではなく、
「……ちっ……」
舌打ちするだけで、それ以上の反論はしなかった。
そんな彼女に、『ネスち』は、ボソっと、小声で、
「俺のせいで、怒られて、ごめんね、エバ」
「ネスちは何も悪くないよ。あの眼鏡ババアの根性が曲がっているだけだよぉ」
などと、小声で、ボソボソ言っている二人に、
ちゃんと、キレた目を送るドナ。
本気で睨んで以降は、ちゃんと黙ったので、それ以上の怒りを向けることはなかったが、もし、まだ、何かごちゃごちゃ言ってくるようなら、ドナの、容赦ない鉄拳がエバの頭上に降りかかっていたことだろう。
ドナは暴力を容認している。
言って分からないバカは、殴って矯正すべき。
憂さ晴らしのパワハラはダメだが、意味のある体罰はあってしかるべき。
それが、ドナの道徳。
『正しい厳しさ』は『教育の現場』だと『絶対に必要不可欠である』という視点。
『教師に、自分の意志だけで自由に殴らせると問題がある』というのであれば、『親も含めた上で会議をして、朝礼で、全校生徒の前でぶん殴ればいい』――というのが彼女の持論。
★
「ちょっと待って……あれ? これ、もしかして、負ける感じ? ありえないんだけど。カンツ一人に、女子陣が完敗とか、絶対に許せないんだけど」
カンツに連続で三者三振の無得点フィニッシュをくらい、
攻撃の方でも、徐々に点差をつめられたことで、
グレイの妹である『アンドレ』が、爪を噛みながら、
「カンツに負けるだけなら……最悪、仕方ない部分もあるけど、バカ兄貴が混じっているチームに負けるとか……そんなの、死んでもありえないからっ! 妹より優れた兄なんて存在しないんだから!」




