92話 流行のアイアンクロー。
92話 流行のアイアンクロー。
「おいおいおい、俺、ついに、戦力外通告かよ。これまでも、たいがい空気だったが、ついには、ベンチを温めるだけの背景になってしまったか……俺のモブ力にも、磨きがかかってきたな」
と、文句を言うセン。
当然のように鬼シカトするダリィ。
センのことなど、もはや見えていないダリィは、
「ここからだ! まだ終わってねぇ!」
と、勇気を叫ぶ。
『絶対にあきらめない』という意志を、最後の最後まで貫こうとする勇者ダリィ。
――内野がしっかりと整ったことで、ダリィは、投球内容を変えた。
これまでは、三振狙いの配球だったが、
ゴロを打たせる流れに変更。
これまでは、センと紙野がゴミすぎて、ゴロを打たせてしまった場合、内野安打安定だったが、
ギンッ!
「カキマロぉおお!!」
サードに転がった、ぼてぼての打球。
打ったのはミネディ。
足の速さがエゲつなく、
もし、サードにいたのが紙野だったら、100%内野安打だったが、
カキマロの俊敏性は、『流石特待生!』と拍手喝采を送りたくなるレベル。
上級国民になってくると、もはや、ゴロをグラブで処理しない。
ショーバンを素手ですくい上げると同時に、腰をギュルンと回転させてファーストへ送球。
ギリギリだったが、アウトをもぎとった。
これで、ようやく、スリーアウト。
永かった3回表が終了した。
「さすがだ、カキマロ! 情報班とは思えない華麗なムーブだったぞぉ!」
そう言いながら、カキマロに、片手のハイタッチを求めていくダリィ。
しかし、カキマロは、空気を殺す勢いで、
「……神以外が、マロの体に触れることは許されない。マロの全ては神のもの」
冷めた目で、そうつぶやく。
ゴリゴリの宗教家であるカキマロ。
常軌を逸した信者である彼女の目は常にイっている。
『アナタハ神ヲ信ジマスカァ?』
という定番の質問をくらったさい、
『神を論じる際に、信じる・信じないという、非生産的な論調に興じることは甚だ無意味。賛美を叫ぶか、喝采に溺れるか。尊き神の庇護下にある我々に出来ることはその二択でしかない。そもそも――』
と、面倒くさい持論を展開して、
宗教勧誘者をビビらせていくのが、
カキマロの基本スタイル。
彼女にとっては、とにかく『神』が全て。
『信者』と呼ばれる特異な人種の中でも、
飛びぬけて信仰心があつい本物中の本物。
ダリィは、面倒くさそうな顔をして、
「スポーツ中のハイタッチすら禁止する神なんか、信じるのやめちまえ」
と、普通に思ったことを口にする。
すると、
カキマロは、ガシィっと、ダリィの顔面に、アイアンクローを極めて、
「マロの前で、神を侮蔑するな。それは自殺と同義である」
謎に流行っているアイアンクロー。
『相手の顔面を破壊する』という行為は、
『本気の殺意』という明確なメッセージ。
「……今、まさに、神以外が、お前の肉体に接触しているけど、それはいいのか?」
ギリギリィィと、顔面を締め付けられて、普通に激痛が走っているが、
しかし、プライドの高いダリィは、決して、『痛い』などとは口にせず、
彼女の腕を振り払おうこともせず、ど真ん中の軽口であざけっていく。
 




