58話 すごいな、センちゃん。クラスメイトの名前を覚えたのか? おお、これは拍手だ。えらい、えらい、よちよち。
58話 すごいな、センちゃん。クラスメイトの名前を覚えたのか? おお、これは拍手だ。えらい、えらい、よちよち。
物理的に、最も距離感の近い知り合いであるがゆえに、ラスボスとして夢の中に組み込まれただけ――というのであれば、センの妄想力が痛々しいだけで、特に何の問題もない話ではあるのだが、もし、仮に、彼が、正真正銘のラスボスだった場合、背後を取らせておくのはいかがなものか、などと、センは、ごちゃごちゃと考える。
そんな、思考の沼でブクブクしているセンに、
紙野ボーレは、天を仰ぎ、恍惚の表情で、ボソボソと、
「友達が一人もいないクソボッチに、優しく声をかけてあげる俺……んー、やっぱり、人間が出来ている。これほどの逸材である俺がモテないのは、やはり、周りが悪い。ハッキリ分かんだね」
などと、そんなナメたことを言ってくる彼の顔を見ながら、
センは、
「……お前の名前……紙野だよな?」
と、まずは、ジャブをかましていく。
これでアウトを取れると思ってはいないが、とりあえず牽制して間を取っていくという中間択のジャブ。
名前を問われた紙野は、
ニカっと軽く微笑み、
「すごいな、センちゃん。クラスメイトの名前を覚えたのか? おお、これは拍手だ。えらい、えらい、よちよち」
などと、ナメ切ったことを言いながら、手をパチパチと軽めに叩く紙野。
そんな彼を横目に、センは、心の中で、
(こいつを殺したら、『第三タワー攻略』もオールクリア……だと思うんだが……もし、『異世界どうこう』の話が、全部、俺の夢だった場合、俺の人生が詰むな……)
ちょっと煽られただけでクラスメイトを殺害したキチ○イとして、人生が終わってしまう。
それを『リスク』と考えてしまう程度には、
センの中で、『これまでの全て』が『夢かどうかあやふや』になっている。
そして、その境界線は、時間が経つごとに濃くなっていっている。
『あの濃密な経験が、夢であってたまるか』
という想いに追随してくるかのように、
『普通に夢だと考えた方が無難』
という基本的な常識が、自意識の奥で、『大きな声』を上げてくる。
心の中でせめぎ合う夢と現実。
どうしたものか、と、センが悩んでいる間に、
朝のホームルームの時間がやってきた。
チャイムの音が響き渡り、
クラスメイトのモブたちが席につきはじめた。
その数秒後、
ガラっと教室のドアが開いて、担任の教師が入ってくる。
「はいはいはい、みんな、席に着こーか! ……と言おうと思いながら入ってきたのに、もうすでに、みんな、席についていたね。いやぁ、優秀なクラスだ」
と、出席簿を片手に元気よく入ってくる若い男性教師。
『挙茂悟』。
27歳、独身。
黒髪短髪かつ中肉中背で、ほんのり肌が浅黒い。
「みんなは本当に優秀だ。マジメさ、勤勉さだけでものを評価するのであれば、神話生物研究会の面々にも劣ってはいない!」
『神話生物研究会のメンバーにも劣らない』というセリフは、この学校の教師陣が口にするセリフの中で、最大級の、『モブに対する賛辞』である。
どの教師も、本当は、そんなこと、かけらも思っていないのだが、
しかし、生徒を褒めるときには、非常に使い勝手がいいので、
『学校生活において問題を起こさないマジメな生徒』には、『マジメさだけなら、神話生物研究会のメンバーにも劣らない』という言葉でヨイショを入れるのが常。




