98話 手に入れたもの、失う予定のもの。
98話 手に入れたもの、失う予定のもの。
『カミノ、完全なる世界政府を成したあかつきには、ぬしを代表としさせてもらうぞ。わしはその補佐となろう。なに、一番の功労者が頂点に立つのは当たり前の話』
努力をしてきたという自負はあった。
誰よりも、必死になって、ずっと、ずっと、必死に、自分の人生と向き合い続けてきた。
――その全てを、『カミノの全部』を、『全力で肯定してくれた』のは、セイラが初めてだ。
だから、迷う。
当たり前の話だった。
(……セイラが積み上げてきたものを、ぜんぶ、まるごと、ぶっ壊して……絶望の底に叩き落して……ニコトピアを取り戻す……)
ここで、あらためて、自分の目的と向き合うカミノ。
自分が成すべきこと。
自分がやるべきこと。
それらと向き合ったはてに、
カミノは、
「うぉぇっ……」
吐瀉物を吐き出した。
臓器がグルっと一回転したような錯覚。
膨大なストレスにより、自律神経が悲鳴をあげた証拠。
ヒリヒリとする喉の痛みが、リアリティの精度を感じさせた。
夢でも妄想でもない。
カミノは、現実とにらみ合っている。
「……」
げっそりとした顔になる。
考えないようにしようとしても、脳の奥からジワリと滲んでくる痛み。
苦しくて、しんどくて、しかたがない。
そんな痛みの中に沈んでいると、
そこで、
それまでの趨勢をずっと陰から見守っていたカミノの娘『トコ・ドラッグ』が、
「――そんなに悩む必要とか、ある?」
いつもの『人を小ばかにしたような顔』で、そう言葉を投げかけてきた。
心のありようはともかく、彼女は、いつだって、他人を見下し、遠ざける態度をとる。
――その在り方は、カミノの中にもあるもの。
きっと、だからこそ、余計に、カミノは、彼女に対して、『自分の娘である』という強い自覚を抱くのだろう。
「……ないよ。俺には、お前の方が大事だ」
笑ってみせる。
それは、まさしく父の笑顔。
――会社が倒産寸前で、それでも、娘の前では、必死に笑ってみせる……それが、父親の在り方である――という、自分の中の理想の父親像を体現しようとするカミノ。
彼の父は、自分に、理想の父親像を示してくれなかった。
だからこそ、自分は――と、そんな風に、色々な縛りの中で、
カミノは、父親をまっとうしようとする。
そんなカミノに、
トコは、
「あんた神様なんでしょ? だったら、全部、守ったら? 一個の世界を守って終わりじゃなくて」
ジンテーゼを押し付けてくる。
『守りたいものを全部守れ』。
それが出来ないヤツは、何も守れない。
恐ろしい要求。
その道程は修羅の茨道。
難易度激高で眩暈がするデスマーチ。
けれど、
「……それしか……ないのかねぇ……」
煮え切れない――というわけでもない。
否定的な態度を取っているわけではないのだ。
ただ、
(その器が、俺にあるのか? 全部を守れるだけの力が……俺ごときにあるか?)
これまで、何も成し遂げられなかったがゆえの尻込み。
ニコトピアだけなら、どうにか救えるかもしれない、という算段はついている。
しかし、二兎を追い出したら、一兎も得られないという可能性だって芽生える。
(……できるか? 俺に……俺ごときに……)




