97話 まるで人間のように。
97話 まるで人間のように。
ニコトピアしか支えがない時代の方が良かった。
そうであれば、悩まずに済んだから。
――けど、もう、その時代は終わってしまった。
だから、カミノは両手で頭を抱えてふさぎ込む。
(……どうすればいい……)
まるで人間みたいに、『悩み』を心に抱く。
ぐずぐずと産まれたメンタルの不和を、
奥歯をかみしめてすり潰そうとしても、
まるで消化不良の腐った汚物みたいに、
ずっと、心にこびりついてはなれない。
(心はゴムマリだよ、カミノくん……おさえつけられれば、必ず跳ね返そうとする……)
なんて、昔読んだ漫画のセリフを、自分に投げかけてみたりして。
そうやって、どうにかして、心の安定を図ろうとして、
けれど、
『問題ないぞ、ロバン。ワシらには、カミノがいる。こいつの優秀さは本物じゃ。単純なスペックだけではなく、潜在能力の質量も、鉄火場での根性も抜群で、その上、狂気的な努力家じゃ。どうじゃ、無敵じゃろう。これ、ワシの相方』
得意満面、笑顔爆裂のドヤ顔で、セイラは、自分の相方であるカミノを従者に自慢する。
これまでの人生で、カミノは、成功したことも、認められたこともなかった。
『どんなに努力をしても超えられない壁』を前にたち尽くしてきた。
プロ棋士を諦めてバイトをはじめてからも、人間関係が最悪すぎた。
誰よりもまじめに、丁寧に、真剣に仕事をしても、夢破れた後遺症で根が多少暗くなってしまったのと、職場での立ち回りが上手くなかったのと、同僚がゴミすぎたせいで、エリアマネージャーからは、『使えないやつ』という認定をされてしまった。
頑張っていないヤツの視点では、『頑張っているヤツ』がめざわり。
――包み隠さずに言うと、カミノは、職場でイジメを受けていた。
仕事をおしつけられ、雑に扱われ、過剰な陰口をたたかれ、ストレスのはけ口にされていた。
これまで、カミノは、ずっと、『手前の人生』から逃げずに頑張ってきた。
けど、転移する前、日本で生きていた時に、報われたことは一度もなかった。
たった一つ、本当に唯一、認めてもらえたのが、ニコトピアだった。
だから、強く、強く、依存した。
けれど、今は、
『できれば、世界中に、ぬしのことを自慢したいが、しかし、もう少しだけ我慢してくれ。もう少しで、国が平定する。トーンを自在に動かせるようになれば、世界と渡り合える。そして、つくるんじゃ、完璧な世界政府を。世界全土を管理し、戦争、飢餓、疫病を払拭する。邪魔するカスは皆殺し。――カミノ、完全なる世界政府を成したあかつきには、ぬしを代表とさせてもらうぞ。わしはその補佐となろう。なに、一番の功労者が頂点に立つのは当たり前の話』
努力をしてきたという自負はあった。
誰よりも、必死になって、歯を食いしばって、どんなに辛いことがあっても、涙が止まらない日があっても、自殺してしまいたいと心から願う絶望に何度襲われても、それでも頑張って、頑張って、頑張って……夢破れてからも、必死に、奥歯をかみしめて、ずっと、ずっと、ずっと、必死に、自分の人生と向き合い続けてきた。
――その全てを、『カミノの全部』を、『全力で肯定してくれた』のは、セイラが初めてだった。




