89話 チートでは得られない努力の果て。
89話 チートでは得られない努力の果て。
「……信じられん……ヨミでワシに勝つのか……」
セイラには強い自信があった。
自分の頭脳は破格であり、常人を置き去りにしているという自負。
それは事実で、彼女は、本当に強いのだ。
――だが、今は、相手が悪すぎた。
「俺のタネ石に目がいきすぎ。エサのエサにくいついているようじゃお話にならない。『最終的に生きている方が勝つ』という前提がある以上、過程の美しさはどうでもいい。むしろ、泥臭さの奥にこそ『活き』が芽生える場合が往々にしてある。お前は、美しさを注視しすぎる。初心者あるあるだな」
これが、碁だったら、もしかしたら、カミノは気づいたかもしれない。
セイラが、碁打ちとしても、エゲつないほどの資質を持つということに。
そして、自分の『遅咲きの才能』が、今、ついに、ようやく、開花し始めているということに。
しかし、今やっているのは、まだまだ慣れていない『物理的な殺し合い』だから、細かな『自身の開花』に気づくことはない。
「セイラ・アカナティス・インサイドギル……お前の美しさは悪くない」
高次の対話を繰り返すうちに、
カミノは、セイラの奥にある美しさを見出す。
美しさを重視して、偏愛して、固執する、
――そんな、ずいぶんと意固地なスタンス。
「上に立つ者には美しくあってほしいと願うのが民衆の性。為政者としては正解の姿勢。俺に投票権があるなら、お前に投じるところ。けど、死線のくぐり方が、少々、なってねぇ」
カミノは、遥かなる高みから言葉をなげかける。
才能ある初心者に指導碁をするときの姿勢。
この姿勢は、『そうしよう』と思っているのではなく、
『そうなってしまっている』という、厄介な指示厨のテリトリー。
――カミノは、カースソルジャーとの連携を強め、
バカほど丁寧に、セイラを削っていく。
無意識のうちに、殺意が揺らいでいる。
セイラという破格の原石に対して、どうしても心がピョンピョンしてしまう。
これは、何かしらの『特殊な性質』というより、単なる人間の性だといえよう。
『チートではない努力』を経て『一定以上のノウハウ』を得た者は、
それを、後輩に『教示』という形で誇示したがるもの。
そうやってアイデンティティを囲っていく自己顕示欲こそ、人生の業といえる。
または、ドでかい原石を見つけた時の高揚感。
それを磨いた先に何が待っているのかという期待……
――アホほど丁寧な闘いの中で、
セイラは、信じられないことに、
(……なるほど……)
神闘のシルエットが、朧げに見えてきていた。
おそろしいほどの資質。
破格の潜在能力。
天才×天才の上質なシナジー。
(これまでに、ワシがやってきた武は、たとえるなら『石斧を振り回す原始的なケンカ』……それに対し、こいつがやっておる武は、『未来兵器を使った戦争』……あまりにも『段階』が違いすぎる。この差を埋めなければ、永遠に、対話になどならん)
現状を正確に理解して、明確なゴールを定める。
そうすることで、結論に至る道筋が見えてくる。
これが出来るか否かで、目的を完遂できるか否かが決まる。
セイラは宝くじを買わない。
目の前に、偶然エレベーターが現れることを祈らない。
欲しい未来は、地道に階段をのぼって掴み取る。




