71話 私は犯人に感謝をした。
71話 私は犯人に感謝をした。
私の名は、カラミド。
ちょっと前まで、トーン共和国の冒険者ギルドで事務員として働く、ごくごく一般的な平民だった。
かつては、冒険者として依頼を受ける側だったが、同じ冒険者だったセレスと結婚してから、お互い、危ない仕事はやめて、堅実で安定した仕事についた。
最初に、本音を言おう。
私は、ずっと、『妻に死んでほしい』と思っていた。
妻のことが嫌いだったわけではない。
彼女は、私に尽くしてくれた。
時々、ケンカをして、イライラすることはあったし、
女性特有の理不尽さに対して、常時、しんどさを覚えてはいたが、
しかし、『殺したいほど恨んでいた』というわけではない。
ならば、なぜ、私が、妻の死を願っていたかと言えば、
単純に、つまらない結婚生活に対して、心底嫌気がさしていたから。
『何が問題だった』というわけではない。
本当に、ただ、あまりにも、
『退屈』すぎたというだけ。
10年も一緒にいれば、もはや、妻に対して、『女性』を感じることはない。
出会った当時は美しかった妻も、結婚してから、すくすくと肥えて、体重は、見事に、1・5倍になった。
それなりに美人だった妻は、ふっくらとしたオバサンになった。
――それが嫌だったから、殺したかった?
違う。
私も、同じように、結婚してから、ルックスは劣化した。
昔は、それなりにモテたが、結婚五年目くらいから、だんだんと、前髪が後退してきて、日々の『退屈というストレス』から、顔色が次第に悪くなった。
妻は、いつも、色々と心配してくれたが、
『いなくなってくれれば早いのに』と、私は常に想っていた。
『何か大きな理由があって殺意を覚えた』――というわけではないのだ。
私は、とにかく、ただ疲れていた。
結婚生活が、本当に、しんどかったのだ。
――ことわっておくが、
『結婚生活が耐えがたいほど辛かった』というわけではない。
はたから見ている分には、普通の家庭だったと思う。
子供はできなかったが、別に、そういう家庭も珍しくはないだろう。
はたから見ているだけではなく、私の主観としても、
うちの家庭は、『まとも』で『一般的』に『幸せな部類』だったと思う。
妻と、お互い、支え合いながら生きていく。
そこに、人としての幸福を感じる瞬間も確かにあった。
……けれど、基本的には、やはり、しんどかった。
『結婚』というものが、『他人と生きていく』というのが、そもそも向いていなかったのだろう。
だから、私は、妻に死んでほしかった。
妻が死ねば、離婚どうこうという『面倒な過程』をすっとばして、
私は、晴れて独り身に戻れる。
だから、私は、ずっと、
不慮の事故かなんかで、妻がしぬことを望んでいた。
この手で殺したいと思ったことはない。
妻は、私に対して、それなりに、よくしてくれた。
妻に怨みはない。
だから、この手で殺すのは無理だ。
だから、事故で死んでほしかった。
――その願いが叶ったのは、
10回目の結婚記念日。
惰性で買ったプレゼントを片手に、家に戻った私の目に飛び込んできたのは彼女の死体。
どうやら、強盗に襲われたらしい。
堅実に生きてきた私の家には、それなりの財産があった。
犯人はすぐに捕まった。
裏稼業の人間で、これまでに何度も悪事を重ねていたこともあって、死刑となった。
私は、犯人に感謝をした。




