59話 自分の命より大事なものなど存在しない。
59話 自分の命より大事なものなど存在しない。
ラベンチャは、腹の出ているスキンヘッドのオッサンだった。
50代ぐらいで、老いが見え始めているが、まだまだ精力は旺盛といった顔つき。
身に着けているものは高級品ばかりだが、センスが悪すぎて下品さしか感じない。
彼の足元には、傷だらけの青年が、鎖でグルグルに捕縛された状態で転がっていた。
うつろな目でどこを見ているか分からない。
ただ、まだ、完全に壊れている視線ではなかった。
ギリギリのところで、最後の希望が残っている瞳。
そんな青年の背中に、ラベンチャは、ナイフをつきたてながら、
「ほら、背中を刺されても騒がない。ここまで調教して、初めて、人は芸術品になる。わかるかね、ウィーンくん」
ラベンチャの視線の先には、10つ星冒険者のウィーンが立っている。
ラベンチャを守るのがウィーンの仕事。
「騒がないというか……それ、死んでいるんじゃないですか?」
ウィーンも、カザミと同じで、
上級国民が、貧民相手に何をしようと、特に何も思わないタイプ。
バッタの死骸に、アリがたかっている――それと、ほぼ同程度の光景でしかない。
「まだ、死んでいないさ。脈はあるし、呼吸もしている。目もよく見てごらん。完全に終わった人間の目は、もっと死んでいる」
そう言いながら、青年の顎をグイっとあげて、その目を、ウィーンに、しっかりと見せつけるラベンチャ。
ウィーンは、『別に見たくない』という渋い顔で、
「その状態で、よく死にませんね」
「死んだら、約束違反で、家族が死ぬことになっているからね。一部の人間にとって、家族というのは、自分の命よりも大事なものらしい。私には分からない感情だ。自分の命よりも大事なものなど、この世に二つとない。ウィーンくん、君は、どうだね? この青年のように、家族のためなら自分を棄てられる人間の気持ちがわかるかね?」
「いやぁ、わかりませんね。俺は俺が一番大事なんで」
「だろうねぇ。それが普通。そして、健全だ。この青年がおかしい」
「ところで、そいつの家族って本当に、まだ生きているんですか?」
「なぜ、そんな質問を?」
「いや、あなたの性格を考えたら、もう殺している気がしたので」
「ははは、さすが、鋭いねぇ……本当は、もう少し、タメてから発表しようと思ったんだけど……もういいか」
そう言いながら、
ラベンチャは、足元の青年の耳に、
「治癒ランク19」
回復の魔法をかけた。
つぶれていた鼓膜が復活して聴力をとりもどした彼に、
ラベンチャは、
「今まで、よく頑張ったね。そのご褒美をあげよう」
そう言いながら、
ラベンチャは、アイテムボックスから、
首の入ったツボを二つ取り出して、
「さあ、みてごらん。君の母親と妹だ。綺麗だろう?」
自分の大事な家族の首を見た青年は、
最初、現実を受け入れられず、視点が定まっていなかった。
しかし、次第に、『理解』が全身を包み込んでいく。
必死に耐えてきた時間の全てが無駄だったということ。
首の状態から、愛する家族が酷い目にあった上で殺されたということ。
全てを理解した青年は、
「ウギャゲガァオオオオオンッ!!」
人間とは思えない咆哮を上げた。
全身のエネルギーが燃え上がる。




