51話 もしかして、トコ・ドラッグ?
51話 もしかして、トコ・ドラッグ?
「なかなか、いい絶望だった。助かる」
などと、サイコなことを口走ってから、呪縛の魔法を使って、イチジョーを拘束し、その場に転がしてみせた。
動けなくなったジェイズの三名を見下ろしながら、
紙野は、
「これから、拷問して殺す。苦しんで、苦しんで、苦しんで、それから死んでくれ」
めちゃくちゃな事を言う彼に、
イチジョーは、
「お願いだ……助けて……なんでもするから……」
リーダーとして、最後まで、この場を切り抜ける方法を考える。
『素のメンタル』は強い方ではないが、
リーダーという役職について、他者の命を背負っているという環境が、
イチジョーの心を力強く支えている。
「お金なら……冒険者として稼いできたのが、いくらかある……全部、あけわたす……だから……命だけは……」
慈悲を請う彼に、
紙野は、
「モキュ♪ モキュモッキュ♪ フルモッキュ♪ モキュ♪ モキュモッキュ♪ フルモッキュ♪」
と、突然、謎の唄を歌い出す。
すると、その直後、
紙野の両手に、どこからともなく、金が湧いて出てあふれる。
「ご覧の通り、デバッグコマンドを使えば、金は、いくらでも手に入る」
原理は全く不明だが、
相手が、並みの魔法使いではない、
ということを、改めて再認識したイチジョーは、
渋い顔で、奥歯をかみしめながら、
「……だ、だったら……あんたの手に入らないものを……全部わたす……のぞむなら、奴隷にでもなんでもなる……だから……殺さないで……お願いだから……死にたくない……」
その嘆きにかぶせるようにして、
マイも、
「お願い! 殺さないでぇえええ! なんでもするからぁああ! 死にたくないぃいい!」
そんな彼女の必死の叫びに対し、
紙野は、冷めた顔で、
「俺も、別に、殺したくないよ。めんどくさいから」
淡々と、
「……やりたくてやっているんじゃない。やらなきゃいけないってだけの話。だからこそ、『どうでもいい他人』の命乞いを聞いてやる余裕なんかない。こっちも切羽詰まっているんだ。……トコを守るためなら俺はなんでもする」
そう、覚悟の宣言をした紙野。
そこで、
マイが、
「と、トコ? ……トコって……」
恐怖で歪んだ声で、
ボソっと、
「もしかして…………トコ・ドラッグ?」
と、紙野の想定外の言葉を口にした。
ここまでは、ずっと、一貫してサイコな殺人鬼だった紙野。
しかし、マイの言葉で、表情に変化が生まれる。
「……なんで……その名前を知っている?」
「なんでって……それは……だって……それが……それだけが……」
マイは、自分の中で渦巻いている複雑な感情に溺れるように、
「……私が頑張っている理由だから」
マイの前世は、金運は抜群だったけれど、家族運は悲惨だった。
『大企業の社長』の『愛人の子』として生まれ、金はあったが、誰からも愛されない。
父親は、金を出すだけで、マイに興味を示さず、母親は、そんな最低の男とのつながりを作るためだけにマイを産んだヤンデレ。
『本当の意味』では、父からも母からも望まれていない、どうでもいい子――それが彼女。
そんな人生の中で、普通にやさぐれて、けど、そこらの不良みたいな『他人に迷惑をかけながら生きる』ような『勇気』は持ち合わせていなかった。
マイには異母姉妹がたくさんいる。
父親は、強い財力と権力を持ち、そして、精力が旺盛だった。
マイの『戸籍上の家族』は非常に多いけれど、心が通っている相手は、ただの一人もいない、ほとんど天涯孤独。




