42話 トコ・ドラッグをナメてはいけない。
42話 トコ・ドラッグをナメてはいけない。
「……熟練度を強制的に上げた状態で使ったのに……なんだか、ものすごく出来が悪いな……魔法の変換率とかと違って、グリムアーツの熟練度は、『本物の経験値』がないとダメってことか……とことん、めんどくさいな……」
はぁ、とタメ息をつく紙野。
そのまま、自分の影に、トプンと沈んでいく。
次の獲物のもとへと向かうために。
紙野のあとを、すぐに追いかけることも出来たのだが、
トコは、その場にとどまり、
親子に目を向けて、
「後遺症は、多少残るだろうけど……それは、絶死を使った自業自得。ここから先のあんたらには、もう関与しない。あんたらがどうなろうと、あたしも、正直、どうでもいいし」
最後にそう言ってから、
紙野のあとを追おうとした。
そんな彼女に、
スルスが、
「……ありがとうございます」
と、心からの感謝の言葉を述べた。
何が何だかわかっていないが、
しかし、娘の命が助かったことだけは理解できたので、
その感謝を伝えた。
続いて、セーナも、トコに頭を下げる。
苦悶の表情で、止まらないヨダレを垂れ流しながら、
それでも、
「……ありがとう……ございます」
正式に感謝の言葉を並べる。
トコは、感謝の言葉を浴びながら、
ギリっと、奥歯をかみしめる。
表情がギリっと変化して、
(……トコ・ドラッグの濃度を濃くしすぎた……想定以上に、浸食されている……)
心の中で、そうつぶやいているのは、トコではなく、クロート。
本来の予定では、この世界にいる人間を皆殺しにする予定で、
紙野に、それを果たさせるつもりだったのだが、
(……ま、まずい……)
この状況に危機感を持ったクロートは、
もともと用意していた『いくつかの手段』を用いて、
自我を矯正しようとしているのだが、
(……思った以上に、トコ・ドラッグの因子が濃すぎる……というより、私の因子が弱すぎるのか……)
自分自身の、世界における『価値の低さ』を痛感させられるという鬱陶しさに溺れる。
それだけでも鬱陶しいのに、
(……抗えない……支配される……)
この感覚は、たとえるなら『低血圧の寝起き』みたいなもの。
起きたいと思っているし、目覚ましもかけているのに、
『あと5分』とつぶやくことしか出来ず、
どうしても布団から出ることができない。
今のクロートの精神的状況は、まさに、そんな感じ。
『トコの自我』に支配されていく。
それを不快に思う自我が抑え込まれて、
『受け入れようとする体勢』が出来上がっていく。
(まずい、まずい……まずい……本当に支配される……)
あらがおうと必死になっているクロート。
しかし、
(……別に……いいか……トコが主軸でも……大事を成すことはできる……)
それは、本心ではない。
本心であるはずがない。
――しかし、あらがえない。
『支配される』とはそういうこと。
抗う意志があるうちは、まだ『一時的な制圧』をされているだけ。
本当の意味での支配とは、心を占領されること。
――クロートの意識は、『トコ・ドラッグ』という狂気に封殺される。