6話 準備とリハーサルは十分。
6話 準備とリハーサルは十分。
「――ゴミみたいな人生だった……だから、あっちでの生活がなくなることは……最悪、別にいい……ニコトピアを投稿して、リスナーに喜んでもらう……それが、永遠にできなくなることだけは残念だが……それだけだ……夢破れた底辺のドクズ……その人生を全うしたところで、何にもならねぇ……」
トコの顔を見る。
何度でも見る。
今の紙野にとっては、彼女の存在だけが唯一の精神安定剤。
「切り替えろ。絶望したって意味はない。……こうなったら、もうどうしようもない。戻りたいと願っても無意味。もしかしたら、戻れる方法もあるかもしれないが、今、ここでそれを考えても無意味。だから、別の事を考えろ。これからどうするか、具体的に考えろ。いつも通り、お前のことを考えてくれるのは、お前しかいないんだから」
自分に言い聞かせる。
誰も助けてくれなかった人生の処世術。
自分だけしか頼れない世界での戦い方は一つだけ。
だから、必死になって、考える。
「どうするべきか、どうしたいか……『どうしたいか』という視点で言えば、とりあえず、トコだ……この子を守りたい……俺のゴミみたいな人生の中で、たった一つ、一番の幸せをくれた、俺の娘……」
反射的に、紙野は、トコの頭をなでた。
柔らかな髪。
『胸の奥で芽生えた父性』が、時間を追うごとに増していく。
「とりあえず、今は、『それ以外』は『どうでもいい』……」
暴走する父性。
もし、トコがいなければ、
『自分が助かること』だけを考えていただろう。
それは決して悪い事ではない。
自分を大事にするのは当たり前の行動。
――しかし、紙野は、この極限状態において、
自分よりも、トコを優先しようとしていた。
この辺に、彼の『バグっているところ』がうかがえる。
紙野は、普通の一般人ではない。
頭のネジがぶっ飛んでいる変態。
棋士を目指して命を削り、夢破れて未来を失い、
『当然』のように、ぶっ壊れてしまった敗北者。
「トコを守りたい。今の俺にとっては、彼女だけが全て。……彼女を守るために、俺が出来ることはなんだ?」
すぅぅ、はぁぁ、と深呼吸をひとつ。
冷静に、必死に。
もっといえば冷徹に、思考の奥へと沈んでいく。
――『深く考える』という行為は苦手じゃない。
『自分に出来ること』を考えている途中で、
目の前に、スゥっと、
『表紙に説明書と書かれた本』が顕現した。
さらに、続けて、自分の右手首に、アップ〇ウォッチのようなデバイスがスゥっと具現化された。
「……おかしな状況が連鎖していくな……もう、この程度で驚くとは思わないでくれよ」
などと、どうでもいいことを口にしつつ、
「取れねぇな……このアッ〇ルウォッチ……」
自分の右手首に具現化されたアップル〇ォッチをテキトーにいじる。
とりあえずいったん外してみようとしたが、どうやら、それは不可能なようなので、その点に関しては、すぐさま諦め、
紙野は、地面に落ちている説明書を手にとった。
「説明書……ねぇ。原本の九十九神シナリオに、そんなもんはないけど……そういうアレンジが加えられたタイプのリプレイなら、見た事がなくもない」
チクタクダンスの動画投稿をしているのは紙野だけではない。
九十九神シナリオの導入を分かりやすくするため、『冒頭に神から説明書が与えられるというパターンで動画を投稿している者』も一定数存在していた。
「正直、ありがたい……何もない状態でいくら考えても、光は見えてこないからな。すこしでも、考えるための情報がほしい……」
すぐさま、説明書を読み込んでいく紙野。
その説明書には、今の紙野の身に起こっていることが詳細に描いてあった。